|
第五十二章 社長室での暗闘 社長専用車に乗って、五郎は砂塔のいる本社に着いた。 岩白と一緒に、玄関のロビーに入っていくと、受付嬢たちが、五郎を見て驚いた。 その横を通って、社長専用エレベーターに二人は乗った。 エレベーターが開くと、前に二人の美人秘書が待ち受けていて、深々とお辞儀をして、社長室に案内した。 部屋に入ると、砂塔が見違えるようないでたちで、五郎を出迎えた。 「やあ、山本さん。先般は、本当にありがとうございました。あれ以来、目の鱗が取れ、すっきりしました」と明るい表情で笑って言った。 「それは良かったですね。ところで、わたしにわざわざ相談があるって、何のことですか」と砂塔に尋ねた。 「山本さんを前にして、今ここで、山梨会長と決着をつけるつもりなんです。今、山梨会長にここに来てもらうよう、岩白君に指示しました。まああ、そこのソファーにすわって、コーヒーでも飲みながら、ただ見ていて下さい」 砂塔の決意の程が飲み込めた五郎は、黙ってソファーにすわってテーブルの上に出されたコーヒーを一口飲んだ。 「ああ、久しぶりの味だ。一体どれぐらいご無沙汰していたんだろう」と感慨にふけっていると、ドアーが急に開いた。 「砂塔君、急に呼びだして、一体何の急用かね。僕は忙しいんだ、いろいろな役員からの報告を聞かなければならないし、またそれにひとつひとつ指示をしなければならない。君みたいに、おつき合いをしていればいい身分じゃないんだ」 ノックもせずに、突然、部屋に入って来て、がなり始めた。 「これが、山梨だな。まったく礼儀も知らない奴だ」と思いながら、五郎はポケットに手を入れてすわっていた。 「まあ、山梨会長、そう興奮されずに。そちらのソファーにすわって下さい」 砂塔に促されて、ソファーの方へ行きかけて、五郎の姿を見て山梨は驚いた。 「何のまねだね、砂塔君。この人は、どなたかね」と五郎の姿を、じろじろと眺めて、いかにも見下ろすような態度をとった。 「まあ、とにかくすわって下さい」と言って砂塔もソファーにすわった。 仕方なく、不愉快そうな顔をして、山梨もすわった。 「来て頂いたのは、当社の将来について、山梨会長と相談をしたいと思ったからです」冷静に話す砂塔に対して山梨は興奮気味で、 「砂塔君、そんなことなら、とうに僕が各役員と話し合っているよ」 と言う山梨に、 「社長である、わたしは何も聞いておりません。責任を取るのはわたしですから、わたしの知らないところで、勝手にいろいろ決められたら困ります」どこまでも冷静にしゃべる砂塔を見ていた五郎は、 「これは勝負ありだな」とポケットに手を突っ込んだままで、内心思った。 「君に相談したって、分からないじゃないか。だから僕は、やりたくもないのに、こうやって、体に鞭打って頑張っているんじゃないか。そんなに言うなら、僕のやっていること、君がやったらどうかね。どうせ出来っこないだろうけど」 この山梨の発言で、人間性の低さを五郎は確認した。 「それじゃ、山梨会長のおっしゃる通り、これからは、わたしが全部やります」と言った砂塔の発言が予想もしなかったらしく、驚きの様子で、 「いいよ、君がそう言うなら。だが、役員連中が君の言うことを聞くだろうか、疑問だね」 だんだん、口調がトーンダウンしていく山梨に、 「言うことを聞かない役員は辞めてもらいます。それは山梨会長、あなたも例外ではありません」この発言に、また興奮した山梨は、 「それで事業がうまくいかなかったら、君はどうするつもりかね。株主や従業員に対して、どう責任を取るつもりかね」と、矛先を変えてきた。 「この男は、こういった小手先の器用さだけで、ここまで昇りつめてきたんだろう」 と五郎は、思いながら聞いていた。 「その時は、わたし一人が責任を取ります」 毅然とした態度でいる砂塔に、戸惑っている様子の山梨は、少し黙っていたが、急に矛先を五郎のことに向けた。 「こんな大事な話し合いに、どこの馬の骨か分からない人間が同席するというのは、一体どういう了見なのかね」山梨は語るに落ちた。 「馬の骨とは、わたしのことかね、山梨会長さん」と五郎が、初めて口を開いた。 「そうだよ、あんたのことだよ」と言葉まで汚くなっていく山梨に、 「ここまでの話しをしてから、それは無いでしょう、山梨会長さん。それなら、最初に退席を要求すべきだったんじゃないですか。それをしなかったということは、同席を認めたことと判断されても仕方ありませんよ、山梨会長さん」とおちょくるように話す五郎に、切れてしまった山梨は、「砂塔君、こいつは、一体何なんだね。多分、君が会社を休んでいた間に仲間に入った、ルンペンの一人だろう。僕は何もかも知っているんだよ」 もう制御が利かなくなって、山梨は言ってはならないことをべらべらしゃべった。 「山梨会長。なんてことを言うんですか。ルンペンという言葉は差別用語ですよ。 あなたのような社会的地位のある人は、家庭の中でも吐いてはいけない差別用語を、こんな場所で使われることが、どれほどあなたにとっても、会社にとっても、大きな問題になるか、お分かりになっていないのですか」 砂塔は、驚いて山梨をたしなめた。 「何をたわごとを言っているのかね、砂塔君。ここは僕と君と、こんな汚いルンペンだけじゃないか。ここでのことを世間が信じると思うかね。君も僕も会社の為にならないことをする訳はないだろう。それなら、こんなルンペン一人の言うことなんか誰も信じやしないよ。大体、こんな薄汚い連中がいることは日本の恥だよ。政府が、全部どこか、むかし癩病患者を閉じ込めていた島に放りこめばいいんだ」 もう、言いたい放題の状態になっていた山梨に、 「山梨会長、あなたに辞任を要求します。それを、お受け下さらないなら、次の役員会で解任します」ついに砂塔は切り札を出した。 「何を言っているのかね。次の役員会で解任されるのは、砂塔君、君の方だよ。過半数の役員連中は、もう僕の手の中だよ」と山梨はほくそ笑んだ。 その時、黙って手を突っ込んですわっていた五郎のポケットから「カチッ」と言う音がした。 ポケットから出した五郎の手の中には、テープレコーダーがあった。 それを、テーブルの上に五郎は黙って置いた。 「会社を守るか、自分のことだけを考えるか、あんた達が決めればいい。わたしには関係のないことだ。だけどこの記録はわたしのものだから持って帰らせて頂く」 五郎はそう言って社長室を出ていった。 社長室の中では、砂塔と山梨が黙って向かいあっていた。 会社の玄関を出て、少し歩いた五郎は、大会社の薄汚さに猛烈な嫌悪感を持った。 「もう、ああいった世界とは一切縁切りだ」と呟いて、ポケットの中にあったテープレコーダーの中のテープを、通りかかった橋の上からどぶ川に投げ捨てた。 |