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第五十三章 久しぶりの道場 砂塔の会社を出た五郎は、渋谷の寝床まで帰るのに2時間以上も歩いた。 あさりで日々の食生活を間に合わしていると、どうしても体は、がたがくるのが早い。 66才の五郎にとってさすがに2時間以上歩き続けるのは応えた。 やっとの思いで帰ると、ご老体が五郎の寝床も片付けてくれていた。 「どうだった。予想した通りだっただろう」と聞くご老体に、五郎は、ただ頷いた。 「さあ、しばらくは上原に居候に行こう。恭子さんが、もうじき迎えに来てくれる」とご老体は、五郎の表情が暗いのを察して言った。 「あの世界は、もうたくさんです」とぽつりと話す五郎に、 「そうだな、お前さんは、まだあの世界から足を洗って1年ほどだから、まだ垢がしみ付いているだろうな。俺なんかはもう十年以上経つから、完全に抜けてしまって、まったく別世界の話しだから、何も感じないよ」と笑って言ったご老体の表情を見て、同じ人間でも、彼らとは違うものを感じる五郎だった。 「お久しぶりです」と恭子の声が聞こえた。 「お屋敷町の人たちが、みんなお家に帰られたので、何かあったのかなと思ったところに、ご老体から電話を頂いて、上原にしばらく世話になりたいと言われたので、みんな心配しておられましたよ」 いつもの明るい表情が、今日は一段と明るかった。 「中村さんは、どうされたのですか」と五郎に恭子は聞いた。 「あの日に、奴も出て行ったよ」と五郎から聞いて、 「やっぱりねえ。そうじゃないかとは思っていましたが。だけどどうして急に上原に戻ることにされたのですか、わたしたちは大歓迎ですけど」と事情が分からない様子の恭子に、ご老体が、事の仔細を説明した。 「あの方、そこまでされるでしょうか。何か気の弱そうな人だと思いましたが」 「いや、ああいうのに限って、やるのだ。道理よりも、自分のことだけしか考えられない動物だから、ある意味で一番危険な人種だよ」とまだ若い恭子には理解できない、人間の複雑な精神構造を、諭すように、ご老体は言った。 「まあ、念には念を入れておいた方がいいからね」と五郎が言って、納得した恭子が、車の駐車場に向かって歩き出したのを、ふたりは後からついて行った。 その後ろ姿は、やはり若い恭子のものとは違っていた。 30分ほどで、上原に着いたら、みんなが出迎えに家の前で待っていてくれた。 その夜、みんなで歓迎会を催してくれた。 そしてテレビのニュースを見ていたら、砂塔の会社の山梨会長が、健康上の理由で辞任した記者会見の模様を映していた。 今朝の剣幕とは、大違いの殊勝な表情をした顔を見て、五郎は少し可哀想な気持ちになった。 それを察した、ご老体が、 「さあ、紳士さんの本格的ホームレスの旅立ちだ。乾杯しよう」と言ってくれた。 |