第五十七章 ホームレスの本場

ご老体と五郎は、ロスアンジェルスに向かう飛行機に乗っていた。
「どうして、行脚の地としてアメリカと、ご老体は思ったのですか」
飛行機の中での食事が終わって、コーヒーを飲んでいるとき、ご老体に聞いてみた。
「だって、ホームレスの本場はアメリカだろう。ホームレスという言葉もアメリカで生まれたんだ。日本では、それまでルンペンと言われていた。お前さんはフランス語も分かるから、知っているだろうが、ルンペンという言葉はフランス語だ。それがヒッピーが出現して以来、ホームレスになった。ルンペンというのは貧しい国で失業した人間がなる者たちだ。しかしホームレスの原点になったのは、是々非々は別として、ヒッピーたち、ヴェトナム戦争に反対する若者が社会に造反したことだ。そしてヴェトナムからの撤退と共に、戦争に行った若者たちの心に大きな傷を残し、結果、アメリカから徴兵制度がなくなった。
日本の学生運動も、みんなヒッピーの誕生で触発されたのが原点だ。しかし日本の学生運動は、その後地下に潜り、陰湿な犯罪集団になり下がった。オーム事件もその延長線にあっただけのことだ。ここにアメリカという国と日本との根本的な違いがある。
ルンペンとホームレスの根本的な違いを、日本人が認識したとき初めて、日本という国は世界から認められると、わしは思う。だからアメリカのホームレスの実態を見たいのだ」
とうとうと語るご老体に、何か深い訳がありそうな気が、そのとき五郎はした。
「わたしはアメリカに住んでいて、ヒッピーやホームレスのことは、そこそこ知っていますから、ご老体の言われることには同感です。日本という国は、戦後、良いことも悪いことも、アメリカの真似をして追随してきました。アメリカのヒッピーと、日本の学生運動をしてきた連中とは、根本的に違います。ヒッピーの悪い面だけを真似し、その根底には、コンプレックスがどろどろとあった。ヒッピーたちにはそんな陰湿なところはありませんでした。ホームレスも最近随分変わってきたようです」
五郎の話しに静かに耳を傾けていた、最後の言葉で急に変わった。
「どんな風に変わってきたのだ」と真剣な眼差しで五郎の目を見た。
「以前のホームレスは、失業者のなれの果てでした。日本がバブルで舞い上がっていた頃、アメリカは深刻な失業問題に直面していました。だから、彼らもあさりをやっていました。ところが今はあさりをしなくても生きてゆけるようになったようです」
ますます、関心を持ったご老体は、いろいろアメリカのホームレスのことを五郎に聞いたが、五郎もそんなに知らないので答えることが出来なかった。
「ただ、聞いた話しですが、西海岸ではロスアンジェルスがホームレスの本場ですが、彼らがラスベガスにどんどん移っているらしいのです」
「ラスベガスと言えば、賭博の街だが、それはまたどういう理由なんだ」
と不思議そうに、ご老体は聞いたが、五郎もその訳は知らなかった。
「それじゃ、ロスはそこそこにしてラスベガスに行こう」と言うご老体に、五郎も頷いた。
五郎はロスに5年住んでいた。ちょうど日本がバブルの頃だった。
アメリカの大都市の高層ビルが、日本の不動産会社に狙われ、金にまかせて買いまくっていた。
ロスでも、五郎の会社が入っていた高層ビルが日本の大手不動産会社に買収された。
とにかく、金にまかせて露骨なやり方をするので、不評を買っていた。
「いつか、このお返しはしてやる」という声があっちこっちで聞こえていた。
今まさに、そのしっぺ返しをアメリカからやられていると五郎は思った。
「ご老体。わたしはエジプトにも住んでいたことがあります。アラビア語でバクシーシーと言うんですが、欧米諸国の生活文化の原点はローマ帝国にあることは、ご存知ですね」と五郎が諭すように言うと、
「うん、それぐらいのことは知っておる」
「わたしはエジプトに住んでみて、ローマ帝国はメソポタミヤ文明より、エジプト文明の影響を受けていることに気づきました。シーザーとクレオパトラでもその関係は分かります。エジプト文明は、古来ハム系エジプト人がルーツで、7世紀のイスラム帝国支配時に支配層としてセム系アラビア人が入ってきた、いっぽうメソポタミアは今のイラクだから、当然同じ人種だと思われがちですが、当時、メソポタミアのウルという古代都市があったのです。今でもありますが。その町は、聖書に出てくるユダヤ人の祖であるアブラハムが生まれた町だと言われていますが、セム系アラビア人が支配した文明ではないのです。その後、東方へ移動していったシュメール人が作った文明なんです。
古代中国もシュメール人から大きな影響を受けています。結局東西文明のルーツが、西欧社会はエジプト文明、オリエント社会がメソポタミア文明であったと思います」
今度は五郎が、滔滔と語るのを聞いていた、ご老体が感心しつつも、
「それが、何とか言った、バクシーシーか。それとどういう関係があるのだ」と本論に戻された五郎は、
「ちょっと脱線してしまいましたが、バクシーシーというのは、まあ要するに乞食が、一般の人間にお金をせびることです。ただ違うのは、乞食が乞うのではなく、持っている者が無い者に施すのは当然だ、という精神なんです。わたしも、乞食から、手を出されて、バクシーシーと言われた最初、慣習も知らずに、拒否したんです。そしたら、何で拒否するのかと言って、がなりまくるのです。そして回りの者も、わたしを罵るんです。あの時は、文化の違いを痛切に感じました。その精神が西欧社会に引き継がれているのです。この違いは、東西社会にとっては大きなものです」
と要点を説明した。
「なるほどなあ。それは大きいな。ひょっとして、この溝は永遠に埋まらないんじゃないかな。だから、どちらかが支配する運命しかなかったのかも知れないな」と呟いていたご老体に、
「まあ、ラスベガスには、たくさんのホームレスがいるようですから、そこで実地見学といきましょう」と言ってふたりで笑った。