第五十八章 犯罪都市

ロスの空港に着いたふたりは、ダウンタウンのホテルニューオータニにチェックインした。
このホテルのある場所は、リトル東京と言っているが、実際には韓国人街であって、暴動事件の中心だったところに近い。
昼過ぎにチェックインを済ましたが、五郎は、さすがに歳のせいか疲れて、すぐにベッドカバーもはずさないで、その上に寝てしまった。
夜の7時過ぎに、目が覚めて、ご老体の部屋に電話をした。
既に起きていたようで、五郎の起きるのを待っていたようだった。
「すみません。疲れて5時間近く眠ってしまいました。そちらは寝られましたか」
五郎が聞くと、
「2時間程眠ったが、その後、ちょっと外に散歩に行ってきた。それにしても、このホテルの辺りは、昼間でも物騒な雰囲気だな。かなりのホームレスがいたけど、みんな若い黒人だった」
ご老体は疲れた様子もなかった。
「それじゃ、食事をしてから、一番物騒なところに行きましょう」と五郎は笑いながら言って、受話器を下ろした。
8時にロビーで待ち合わせをしたら、ふたりとも紙袋をさげていた。
お互いに、ニタッと笑った。
「衣裳を用意して来たのかい、お前さんも」
「ご老体もですか」
20分程歩いて、ビルトモアホテルの前に立った。
「このホテルは、古い名門ホテルです。ここに肩の凝らないスナックがあります。そこで腹ごしらえをしましょう」
五郎がホテルの中に入って行った。
階段を上がる手前の右側に、小さなスペースのスナックがあった。名門ホテルの中とは思えない、カウンターで注文をして、小さなテーブルで食べるところだ。
そこで、ふたりで、サラダとハンバーガーを食べた。
そして、五郎が、
「このホテルは、広くて、フロントが上にあり、大きな廊下が真中に通っていて、出口が左右前後にあるから、レストルームで衣裳替えをしても、見つからずに出て行けます」と言った。
ふたりは、立派な二重ドアーのトイレに入ってホームレスの衣裳に替えた。そして裏側のグランドアヴェニュー側から出た。
ぐるっとホテルのまわりを回って、玄関のオリーブ通りの向かい側にある公園に向かった。
「ここの地下は駐車場になっていて、ロスで一番の犯罪多発場所です。ホームレスもここに一番多くおります」
五郎はそう言って、地下への階段を降りて行った。
階段を降りて行くだけでも、まわりの壁が異様な匂いを発する。
「血の匂いだ」と一瞬、ご老体は感じた。
この場所は、今やニューヨークのスラム街を凌ぐ犯罪地域で、5日に一件の殺人、一日に三件のレイプ、一日の15件の強盗発生場所だ。
駐車場に行き来する人間を襲うのだ。
階段を降りて、駐車場へ出ると、真っ暗で、小さな裸電球がぽつぽつと点いているだけだ。
急に、女性の悲鳴の声が聞こえた。
ふたりで、悲鳴の聞こえる方に走った。
100メートル程先で、数人の男が、一人の女性を押さえつけていた。
「What's up hey! what hell are you doing?(おい、お前たち!何をやってんだ!」と五郎が叫んだ。
「Who's fucking you?(なんだ!てめえは?)」と向こう側から叫んだ。
「Hah,Hah,Hah,ain't you know me ,Paul Carthy butcher I'm gonna kill fucking you(ほう、お前たち、俺のこと知らないのかい?ポールカーシーを知らないなら、もぐりだぜ)」
と五郎がピストルを構えて、叫んだ。
男たちが押さえつけていた女性から離れてナイフを出した瞬間、「ぱあん!」という乾いた音がした。
その音で男たちは、急に怯えて逃げ去った。
倒れていた女性のところへ走りよると、何と日本人女性だった。
ふたりは、女性を抱えあげ、「大丈夫ですか」と声をかけると、声を震わせながら
「はい、大丈夫です。あなた方は日本人ですか」とやっと落ちついた様子だった。
「何で、一人でこんな場所に来たのですか。ここはどんな危険な場所か知ってるんですか」と五郎が言うと、
「いいえ。レンタカーを借りてダウンタウンに買い物に来たんです。Pという看板があったので入って行ったんです」
どうやら、日本の旅行者らしい。
最近の日本では、若い女性一人の外国旅行者が多いらしい。逆に若い男性は、恐がりで、団体でないと外国旅行をしないらしい。
被害にも合わずに無事だったようだ。
女性の借りたレンタカーで三人は駐車場を出ようとして、料金所に行くと、にたにた笑いながら黒人女性が、「You're all, aren't you?(大丈夫だったの?)」と聞く。
「何てところだ、ここは」さすがのご老体も驚いた様子だった。
「どこのホテルに泊まってるんですか?」と五郎が聞くと、「ニューオータニです」と言うので、
「我々と同じホテルです。それじゃ、わたしが運転しましょう。ここからホテルの間に5thAveを通ります、女性の運転だと危険ですから」と五郎が言うのを聞いたご老体が、「なんで そこを女性の運転で通るのは危険なんだ」と聞いてきた。
「まあ、実体験したら分かります」と言って五郎は運転席に替わった。
5分もしないうちに、交差点にさしかかった。
信号が赤になって、車は止まった。
「ドアーロックして下さい」と言う五郎の言うままにふたりは、外を見ると、交差点の四ヶ所に、目と歯だけが白く見えるが、体はいるのかいないのかさっぱり分からない黒人が数十人立って、大きな声でしゃべっていた。
「どうです、不気味でしょう。彼らの一人でも切れたら、もう我々はおしまいです。いくらドアーをロックしても無駄でしょう。その前に信号が青になるのを祈るだけです」
後ろの座席に隠れていた女性が、泣き出した。
「多分、さっきの男たちも、あの中にいますよ。聞いたことがあるんですが、もちろん冗談話しですが、あそこにたむろしている黒人たちの子供が、日本に何十万人もいるらしい。あなたもその母親の一人になっていたのですよ」と五郎が女性に言うと、また泣きだした。
「だけど、これが自然かもしれないな」とぽつりご老体は呟いた。
やっと、車はホテルに着いた。
「ラスベガスも同じかね」とご老体が聞いたので、
「あそこは、ロスと比べて同じアメリカだとは思えません」と言った五郎の話しを聞いて、
「わたしも、ラスベガスに連れて行ってくれませんか」と女性が言った。
ご老体の方を見ると、頷いていた。