第五十九章 未来都市

ロスから早々と抜け出そうと、襲われた女性のレンタカーでラスベガスに向かった。
ダウンタウンから15号線を一気に走れば、4時間程で行ける。
ネバダ州といっても南端にあり、カリフォルニア州境はすぐそばだ。
カリフォルニア州からネバダ州に入ると、急に道路が綺麗に整備されていることに、まず気がつく。
シェラネバダ山脈を左右に見ながら抜けていくと、急に景色が開けて四方、山に囲まれた土漠の盆地が見えてくる。こちらではバレーと呼ばれている。
昼食をロスのダウンタウンで取ってから、3時頃にフリーウェイに入ったので、クラークカウンティーという、バレーに入った時はもう真っ暗な夜だった。
それまで、快晴の夜空に無数の星が見えていたのに、バレーに入ると、快晴の空なのに、星が見えない。
「さっきまで、天の川が見えるぐらい星いっぱいの空だったのに、どうして急に見えなくなったのでしょう」と女性が五郎に聞いた。
襲われた女性と三日間、共にしていたので、三人は、大分慣れなれしくなっていた。
女性の名前は、樋口恵津子と言い、商社マンと結婚してシカゴに住んでいる奥方だった。
ご主人が商用でロスに来た時ついて来たのだが、急用でロスからシアトルに行ってる間の出来事だった。
まだ一週間シアトルからご主人が帰って来ないので、ラスベガスに同行したのだ。
「多分、ラスベガスの不夜城の明かりが空まで照らし、星が見えなくなっているのです」
五郎が説明すると、
「そんなに、ラスベガスというところは明るいんですか?」と聞く。
「あの町は、カジノだけではなく、ほとんどの店が二十四時間営業ですから、明かりが消えた事がないんです」
「なるほどなあ」と言いながらご老体は感心していた。
そうこうするうちにフリーウェイの左向こうに、忽然とお伽の町のような光景が見えてきた。
「あれが、ストリップと言って、巨大なカジノホテルがそびえ立っています」
たしかにロスとはまったく違った雰囲気だ。
10数年前までは、ストリップ一帯とその北側にあるダウンタウンだけだったが、今はその周辺に住宅街が毎年拡がっていって、バレーの半分近くが開発され、その景色はロスの郊外のようになってきた。
以前は、何もない砂漠だけだった。
クラークカウンティーはラスベガス市、北ラスベガス市、ヘンダーソン市の三つで構成されており、カジノホテルからの潤沢な上納金で米国一の豊かなカウンティーだ。
所得税から相続税まで、ほとんどのカウンティーの課税はゼロだ。
この優遇税制に惹かれて全米から、毎月1万人のペースで移住者が増加しているのが、もう10年も続いている。
東京やニューヨークから比べたら、10分の1ぐらいの大きさの町に、20万室を超えるホテルがある。
東京都内のホテルの全部屋数が約6万というから、その規模の凄さが想像できる。
しかも、東京のホテルの部屋の稼動率が50%にも満たないのに、ここの20万室の稼動率が93%だという。
世界一の観光客動員数で年間3千5百万人が、この町にやってくる。
ヘンダーソン市は、毎年、全米で一番住みやすい町に選ばれている。
これからのアメリカの進んで行く方向が、この町に表れている未来都市の見本だ。
三人の車は、ピラミッドの形をしたルクソールホテルに着いた。
巨大なガラス張りのピラミッドの先端から、強烈な光線が空高く発している。
「これじゃ、星も遠慮して姿も出さないな」とご老体はピラミッドを見上げながら言った。
「ここにホームレスなどいるのかね」と呟くご老体に、
「まあ、明日からゆっくり探しましょう」と五郎は言った。