第六十章 ホームレスの大移動

翌日、ホテルのコーヒーショップで三人は朝食を食べた。
カジノの中にいろいろなレストランがある。カジノの下の階に巨大なビュッフェ式のレストランがこちらでは人気があるらしい。
自分の好きなものを好きなだけ食べることができる。とにかく食べる量が日本人とは桁が違う。
コーヒーショップからはカジノが一望出来る。朝の8時なのに、カジノには人が一杯だ。朝食の後、三人でぶらりとカジノ見学をした。いろいろな国の観光客だから、言葉もバラエティーに富んでいる。
日本人もたくさんいる。
世界でも指折りの貿易大国なのに、こういった社交の場では、日本人は目立たない。
同じような顔をした中国人や韓国人の方が遥かに国際的だ。
ギャンブルで大きくお金をはるのは、中国人が一番だ。日本人はこういったところでも、やることが小さい。しかも一人で出来ない。何人かグループで小さく張っている。
中国人はやはり大陸気質か、やることが大きい。
アメリカが過去から、潜在的に中国を恐れるのは、その巨大な国土と人口もさることながら、この大きな大陸気質だ。
ホテルを出て、いよいよ本場のホームレスたちと対面だと思うと、ご老体は気持ちが昂ぶってきた。
どの辺りがホームレスの溜まり場か分からないので初日は、車で市内を走ってみることにした。
メインのストリップには、一人もいない。どうやら制限されているらしい。
ストリップとトロピカーナ通りの交差点を左に折れて、ストリップから離れてみた。
ちょうど15号線の出入り口の交差点で止まっていると、お目あてのホームレスが一人いた。
段ボール箱の切れ端に何か書いたものを、止まっている車に見せている。
そこには、
「Homeless  Help food God bless you(食べ物をめぐんで下さい)」
と書いてあった。
その紙を胸の辺りで、掲げながら、車に近づいていく。
そうすると、車の窓を開けて、お金をやっている。
「まるで、エジプトのバクシーシーと同じですよ。あれならあさりをする必要はないですね」五郎は感心して言った。
そのホームレスがこちらに近づいて来た。
五郎は運転席の窓を開けて10ドル紙幣をそのホームレスに手渡してやった。
10ドル紙幣を見て驚いた様子で、
「I shall appreciate it very much. God bless you(ありがとう)」と言った。
五郎が握手の手を差し出すと、手を振って、自分の手が汚れているからとジェスチャーで示した。
「Come on, I get you ride. I wanna talk with you(車に乗りな、ちょっと話がある」と言うと、急に警戒心を持ったらしく、後ずさりした。
「No、Don't scare me. I'm a Japanese Homeless and be here to talk with American Homeless like you. Get on. Get on(何も怖がることはない、俺たちも日本のホームレスだ)」と五郎が手招きすると、やっと趣旨が分かったらしく、また近づいて来て、
「I got it.(わかった!)」と言って、ドアーを開けて入って来た。
途端に何とも言えない匂いが車中に広がった。五郎とご老体は、こういった匂いには慣れていたが、恵津子は口を手で覆いながら、我慢出来ずに、「おええ!」と吐きそうになった。
「Are you all right?(大丈夫かい?)」とそのホームレスが言った時、後ろからクラクションの音がした。
「Get Howard Johnson right there(すぐそこの、ハワードジョンソンに行ってくれ)」と五郎に指さした。
次の交差点を左に曲がったところにHoward Johnson の看板がある。そこの駐車場に車を停めた。
「Let's get in(入ろう)」と五郎が言うと、
「No, I can't. I ain't allowed to get inside(いや、俺は入れない)」と手を横に振る。
仕方なく、恵津子に我慢出来ないなら、外に出て待って欲しい,と言うと、恵津子は構わないと言うので、車の中で話しをすることになった。
彼の話しだと、
オハイオのデイトンから10ヶ月前に、ここにやって来たらしい。理由はまず気候だと言った。やはりホームレスにとって寒さは一番堪えるからだ。それから、これが最大の理由だが、すべての物の値段が安くて、しかも歩いて行けるところに、いつでも、どんな店でも24時間オープンしているから、こんな住みやすい処は全米何処を探してもない、現に、アメリカ人にとって憧れの地だったハワイからの移住者も増えているらしい。ホームレスも全米から大量にラスベガスに移動してきている。
そうなると、治安が悪くなると、女性のラスベガス市長は問題視した。
1984年のマフィア抗争以来、ラスベガスからマフィアを一掃する運動が起き、ラスベガスを賭博のマフィアの町から、家族で楽しめる安全な娯楽の町に完全に変身させたのだ。パトカーの台数も多く、しょっちゅう見かける。
交通違反でつかまっている光景が頻繁に見られる。今や全米で一番治安のいい町になっている。
そして最大のプロジェクトが脱車社会なのだ。
アメリカは土地が広いから、車がないと生活できない。それを、このラスベガスでは車がなくても生活できる町づくりをしている。
まず、ショッピングモールの多さに気づく。住宅地域では各交差点おきに、ショッピングモールがあって、スーパーから医者まである。
21世紀を考えた町づくりをしている。
当然、それだけの環境だから、ホームレスにとっても快適な場所になる。
市長は、そこで悩んだ結果、ホームレスにも条件つきで住める権利を与えた。
どんな些細な法でも一度犯したら追放処分にする。だから彼らはトラブルに神経を極端に張っている。これによって治安は守られていて、返ってホームレスにとっても、他の町なら、ホームレス狩と言って、車から銃を撃たれる危険があるのだが、ここではそんな危険はまったくない。だからますます全米のホームレス大移動が起きているのだ。
「やはり、アメリカという国は、何につけても世界のトップを走っているなあ」とご老体は感慨深く言った。