第六十二章 感激

カジノはそんなに広くはないが、このサンセットカジノには大きな特徴があった。
小さなカジノにはルーレットはまずない、他のテーブルゲームもまずない。
ディーラーが必要でコストがかかるのだ。しかしここの売り物は10セントチップのルーレットだ。
ルーレットは博打性の一番高いゲームとしてはバカラと双璧のゲームだから、一般の人間には、やりたくてもなかなか危険が大きくて出来ない。しかも大きなホテルのカジノでは、最低でも1ドルチップで賭けなければならない。
ところがここは10セントチップで遊べるから気楽なのだ。自然、地場の人たちの穴場となっていた。
ネバダ州では賭博は認められているが、州政府からの許可が要る。
ラスベガスというと、ストリップの大ホテルでのカジノとショーしかイメージないが、それは年間3千5百万人の観光客が相手である。
地場の人たちは、ギャンブルをするために大ホテルのカジノには絶対行かない。
そんなことをしていては身が持たない。
地場の人もギャンブルは好きだ。
ギャンブルの嫌いな人間は一人もいないだろう、それは人間の本能欲を満たしてくれるからだ。ただ麻薬中毒と同じで身を滅ぼす危険性が、臆病な人間たちをギャンブルから遠ざけているだけだ。
アメリカでラスベガスを代表に賭博の町があっちこっちにあるが、もともとヨーロッパで生まれたカジノはハイソサエティーの社交の場としてであった。
だから、カジノには正装していないと入れなかった。
それを大衆の遊び場にしたのがアメリカのカジノだ。
ラスベガスでは、ネクタイを締めた人間は大ホテルのマネージャーだけで、客でネクタイを締めているのは日本のサラリーマンの観光客だけだ。
それでも地場の人たちは大ホテルのカジノには寄りつかない。みんなこのサンセットカジノのような場末風のカジノでギャンブルを楽しんでいる。
特に目がつくのが、老人が多いことだ。
それも当然で、ネバダ州は自らSilver State と名乗って、車のナンバープレートには、Silver State と書いているし、Silver State Bank という名の銀行もある。ご老人の為の州なのだ。
マイケルに五郎が聞いたところでは、毎月1万人を超える他の州からの移住者には、仕事をリタイヤーした壮年から老年の人たちが一番多くて、その最大の理由は気候らしい。老人にとっては、暑さより寒さの方がこたえるらしくて、ラスベガスの夏は、40度を超えるほどの暑さだが、その方がましだと言う。
気候だけの理由なら、カリフォルニアやフロリダに行けばもっと快適な場所があるはずだと五郎は思ったが、実は最大の理由は生活しやすいからだ。
彼らは「Affordable」と言う。
まず州税がほとんど免除だ。その上に物価が安い、特に住宅が安い。
ロスで百万ドルするような立派な家がラスベガスでは3−40万ドルで手に入るし、家の造りもロスでは高級住宅だ。だから夏の暑さも家の中では感じないほど断熱材を使った家が大半でしかも値段がロスの3分の1となれば、誰でも来たくなるはずだと五郎は思った。
その話しを聞いたご老体も、
「新しいホームレスは老人が多いから、まさにホームレスの為の町だな」と感激した。
そこへ、このサンセットカジノだ。
マイケルがカジノの中央にあるテーブルゲームの真中にいる、普段着を着た大きな青年のところに行って話しをしていた。そしてこちらに向かって手を振った。
「こっちに来いと言っているようだ」と五郎は言った。
「行こう」とご老体は興奮している。
五郎がその青年と握手を交わして話しをしながら通訳をした。
「彼もマイケルと言って、ここのオーナーの息子で、毎日マネージャーの仕事をしているようです。このカジノは2年前にオープンしたばかりだが、ストリップに面した、空港に近いところに25年前から親父さんが「Klondike Casino & Hotel」を経営していて、ここは自分が任されていると、言っています」
ストリップの店は親父さんが直接マネージしているのだが、ここ最近急激に売上を伸ばしているのは、こちらの方だと自慢している。
五郎はずばり聞いてみた。
「Here seem to much be vulgar folks、aren't here?(ここは、ガラが悪そうだな)」
マイケルはそれを聞いて笑いながら言った。
「You can see soon how much vulgar they are.(すぐに分かるさ)」
自信たっぷりに言うマイケルに、ホームレスのマイケルが五郎に指差して言った。
「There is watching place right there, and look that man, his name is Nilo.
he is a dealer manager(ここには見張り台があって、ほら、彼はニロと言って、マネージャーだ)」
ちょび髭のニロというフィリッピン人マネージャーが目を光らせている。
ちょうど、ブラックジャックのテーブルで酒に酔っ払った客が、
「Fuck you!(この野郎!)」と女性のディーラーに言った途端、ニロが他の客に、
「Did you hear him saying dirty words,you agree?(みんな、こいつが、はしたない言葉を吐いたのを聞いたね?)」
と一人一人聞いていった。
他の客たちが、みんな「Yes, he did.(そうだ)」と答えると、
真中にあるマネージャ用の電話の受話器を取って、
「Jimmy! Get out the drunkard!(ジミー、この酔っ払いを放り出せ!)」とスピーカーになっている電話でガードマンのジミーに命令した。
すぐに大きな体をしたジミーがやって来た。
「Get him out!(出ていけ!)」と言ってその酔っ払い客を指差した。
酔っ払い客は、真っ青な顔に変わって「Sorry!(すまん!)」と謝ったが、
「Get out of here and do not come again!(出て失せろ、二度と顔を出すな!)」と言って、他の客に「Sorry(失礼しました)」と言った。
その光景に五郎も驚いた。
「ストリップの大ホテルのカジノでは絶対にこんなことは見れない。みんな客が大事だから、少々のことは目をつぶっている。今でもこんなカジノがあるんですな」
とご老体に言うと、頷いて感動していた。
「This the most safe Casino here in Las Vegas(ここは、ラスベガスで一番安全なカジノだ)」とマネージャーのマイケルが自慢した。
しかも、ホームレスたちを毎日フリーで食事をさせてやっている。そのことを客もよく知っているから安心して遊びに来れる。
「実に家族的雰囲気のあるカジノだなあ」とご老体も感激していた。
横にいた恵津子も感激した様子だったところへ、マネージャーのマイケルが、よかったらレストランで食事をしてくださいと、恵津子に紳士的しゃべり方に変えて言った。
「Thank you」と恵津子が言うと、伝票のようなものに何か書いて恵津子に渡した。
「Full Compliment」と書いてあった。
レストランに入ったら、たくさんの老人たちがみんな同じ伝票をもらって食事をしていた。
「いいなあ、こういう雰囲気は」とご老体は上機嫌だった。