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第六十八章 ご老体の講義 落ちこぼれ道場は、ますます講義を聞きに来る者が増えていって、今では講義に使っている、元柔道の稽古場もいっぱいになってきた。 こういった精神論の講義の特徴は、聞く者が増えてくると、女性がねずみ講のごとく増えることだ。 新興宗教の発展拡大における、必ず起こる現象だ。どうしてそうなるのか要因はいくつかある。 本来、女性の方が唯物的であるのだが、それは人間社会がつくった男性上位の発想が、女性に守勢の精神を植えつけたからだ。しかし体質的には、受身的女性の方が遥かに、男性より唯心的になり易い、言いかえれば信じやすいのだ。 そこに付け込むのが、新興宗教だ。 ここ数年、問題を起こしているいろいろな新興宗教団体も、何千億という金をいとも簡単に集める。 ひとりの教祖の言葉でこれだけのエネルギーが集結できる力は決して侮れない。 企業が何十年もかかって築き上げてきた規模の資金を、いとも簡単につくるシステムは人間の弱みにつけ込む巧妙な悪徳商法で、弱い人間達はお金を持ってわんさとつめかけてくる。 10円をケチル主婦や若い女性が、ブランド物になると何十万の金を惜しまないのと同じ心理になるらしい。 ところが、この落ちこぼれ道場の大半は男性だ。それは生きるということで、本当に悩んでいるのは男性の方なのだが、俗世間から離れた男でないと、こういった新興宗教に惹かれることはない。実際の社会の中で生きている男性は、極端に理性的になってしまって、「信じなさい。そうすれば救われる」といった甘言には絶対に乗れないほど、猜疑心の強い人間になってしまっているからだ。 企業のサラリーマンにしても、自分で事業をしているものも、あまりにも疲弊した現代社会で生き抜くためには猜疑心を失うと、とんでもないことになるからだ。 そして、心身共に社会と一緒に疲弊していくのだ。 家に帰ると、新興宗教にうつつを抜かすか、同じ仲間同士で、旦那が稼いできた金を浪費している主婦が待っているとなると、人間不信になるのも当然だ。 そういった連中にとっては、一旦世間を捨てたホームレスたちが経験してきたことを活かした講義には、共感するところが多い。だからお屋敷町の世間的には成功者と思われている連中が押しかけてきたのだ。 その傾向が今でもあって、道場の中の9割以上が男性だ。 「今日はアメリカでのことを講義してください」とマサルから頼まれて、ご老体も今回の旅で感じたことが多かったので、しゃべってみたくなった。 道場に行くと、講義を聞きに来た連中であふれていた。中には知った顔もたくさんいたが、全然見知らぬ顔も多かった。 「今晩は、昨日アメリカのホームレスとの交友の旅から帰って来られました、ご老体、いや、立原さんにアメリカ旅行談を、お話して頂きます」 マサルから、自分の名前を言われて、照れ臭くなったご老体だったが、微笑ながら演壇に立った。 「わたしは、アメリカという国を少々誤解しておったようです。そして日本という国をかいかぶっていたようです。敗戦後の日本がかくも奇跡的な復活をしたのは、日本人の勤勉さ故のものだったと思っておりました。しかしその思いもバブルがはじけた後の、この国の指導者層の対応を見て来て疑問には思っておりましたが、確たる原因は分かりませんでした。しかし今回の旅ですべてその疑問は氷解しました。喜ぶべきところでありますが、逆に暗澹たる思いになってしまいました。 それは、世界の中で先頭を走るアメリカから、未だに原始的生活をしているような国まで見渡しても、日本のような不条理、不公正がまかり通る国はひとつもないと思ったことであります。アメリカだけを見て、なんでそんなことが分かるかと抗議される方もいらっしゃるかも知れませんが、アメリカという国は、全世界の民族の坩堝であります。そこにはありとあらゆる国から移住してきた人種、民族が混在して社会を構成しております。もちろん日本人で移住してきた人たちもたくさんいます。それぞれの国からいろいろな事情があってアメリカに移住して来たのでしょうが、みんな自分たちの国の文化、慣習に誇りを持ってアメリカで生きております。またアメリカという国は、それを容認する懐の広さを持っています。しかし日本人だけは、日本流を通すことを認められていません。それは日本に対する偏見や差別ではなく、日本流が世界の国々の流儀からかけ離れているからです。容認範囲を超えておるわけです。そしてそのことを戦前からアメリカ政府は認識していた気配があります。まあ、平たく言えば、世界からのはみ出し者であったわけです。それを是正しようと戦後の憲法をアメリカによって制定され、世界に受け入れられる国に変えようとしたのでしょうが、過去二千五百年の垢がたまったこの国が、そんなことで簡単に変わる訳はなかったのです。逆に増幅する最悪の結果になったと思っているでしょう。だからアメリカに住んでいる日本人だけは、自分たちを無理やり変えなければ生きてゆけなかったのです。それが戦中のアメリカでの日本人拘留といった処置をしたのでありましょう。事程左様に、我々日本人は、世界から見たら、身障者民族なのであります。 ただわたしは、そこまで日本人を卑下してはおりません。日本人はやはり優秀な面も持っていると思います。それは謙虚さであります。最大唯一の問題点は公正でないという点に尽きると思います。アメリカではフェアーな人間は誰からも尊敬されます。 ところが、この国ではフェアーな人間は抹殺されます。もうこれは論外であります。 突き詰めてみれば、日本という国の唯一最大の難問が、この公正さの欠如である点をどうするかであります。みなさんも、また日本国民ひとりひとりが、これから真摯に考え、変貌していかなければならない問題であることを忘れないで頂きたいと思います」 演壇を降りるご老体に拍手喝采はなかった。拍手出来なかったのだ。あまりにも自分たちひとりひとりに思い当たる節があって、拍手喝采できる心境ではなく、ただシーンとしているだけだった。 日本という国を、見事に一言で言い表している話しだと五郎は思った。 |