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第六十九章 高齢者復活 ご老体の講義を聞いていた中に、お屋敷町の砂塔がいた。 すっかり元気を取り戻して社長業に専念していると思っていたら、週に1、2回は道場に来ているらしい。 「山本さん、久しぶりです。ラスベガスに行って来られたと聞きましたが、どうでしたか。わたしも、つい1ヶ月前にロスに行っていたんです。ロスにうちの製品を販売するためのアメリカ法人がありまして、アメリカの景気に陰りが出てきたというんで実態を見に行ったのです。アメリカ法人の会社の森社長というのが目先がよく利くだけで、実に陰湿な男でして、例の山梨前会長にへばりついていたのですが、会長を辞めた途端、わたしにアメリカの会社を見に来て欲しいとすり寄ってくるんです。それで、その会社の社長を以前やっていた、許斐専務がわたしを案内すると言い出して一緒に行ってきたのです。許斐というのも山梨前会長の手下をやっていた男で、山梨、許斐、森は、親亀、子亀、孫亀と裏で囁かれていた間柄なんです。それが親亀がこけると、すぐに手の平を返してこちらにすり寄ってくるのだから、あさましいものですよ」としゃべり続けた。 「そんな奴は畜生にも劣る、首にしてしまったらいいじゃないか」とご老体が、さっきアメリカと日本の違いについて講義をし、憂鬱になっていただけに怒りが爆発したのだった。 「ご老体。そんなことしたら、社員全員解雇ですよ」と真面目に言う砂塔に、 「砂塔さん、ご老体の言うように本当に首にした方が会社の為ですよ」五郎も同じ意見だった。 「森という男は、若くして役員候補になって将来を嘱望されている人材と思っていました。うちの会社は、前の四田相談役が社長から会長として実権を握っていた時に、会社の若返りが遅れてしまったので、何とか早く若返りを進めないといけないと思っていたんですが、そのホープがこのざまでは、お先真っ暗です」 「そんな考えは、もう時代遅れだ。若い奴がいいというのは単なる妄想だ。これからは年齢で人材の評価をしている国は滅びる時世になっている。トップの若返りという言葉は、世界では完全に陳腐化しているよ。これからは精神性が若く、かつエネルギーに溢れている人材が必要な時代になる、しかも経験豊富でないと駄目だ。そうなると若い連中じゃ、荷が重すぎる。もっと年寄りの中にいる有用な人材を探すことだ」 ご老体が、強い口調で言ったので、砂塔もびっくりしたが、何か説得力のある話だと思った。 翌日の夕刊で、砂塔の会社の記事が載った。 定年退職制度廃止という記事だった。働ける間は何才まででも働けるというものだ。 その替わり、使いものにならなければ若くても解雇される。特に目を引いたのが、例え社長になっても、ピークを過ぎたら社長の座を他の者に譲って、自分がまだ働けるなら、新しい社長の下で専務でも常務でも、また役員をはずれて部長にでも降りて仕事が出来、一生現役を続けることが出来るという画期的なものだった。 「砂塔さんもなかなかやりますね」と五郎が言うと、ご老体も、 「このシステムはひょっとしたら高齢化問題解決の切り札になるかもしれないほど、理に適っていると、わしも思う」と感心した。 これが、将来の日本を救うかどうかの決定的要因になるとは、そのとき誰も確信はなかった。 しかし、確かに欧米社会では、早々と現役を引退して、それまでの蓄えと年金でのんびりした余生を送るのが一般的になっている。 だから、生産性の大半は若い連中に依存している。これは本来アンバランスなものだ。それが極端になったのが、北欧の社会制度で、老人の年金を稼ぐために、半分以上国に吸い上げられている若者は意欲をなくしてしまっている。結果、国力も落ちる一方だ。 やはり、人間は体が動くかぎり働くことが基本なのだ。それが生きている証なのだと五郎は思うと、何か先に一点の灯りを見たような感じがした。 |