第七章 65才の手習い

神田の書籍店街を何気なく歩いていると、洋書の専門店の前に来て五郎は立ち止まった。
語学は、喋る方は得意だが読む方はあまり洋書を読んでいなかったので自信がなかった。自分の会話力が読書に通用するか試してみようと店の中に入った。
入り口のすぐ左側の棚にある、変った題の本が目についた。
「Zen Master」という題の本だ。
どんな本かなと思って、棚から引き出し、最初の目次を開いてみた。
その中で第四章にある「Trust and Faith on Being」というのに興味が惹かれた。
そして中を見てみて愕然とした。
まったく内容の意味が理解できない。日頃会話に使っている言葉であるのに意味が掴めないのだ。
特に「Being」という言葉がよく出てくる。
「Human Being」の「Being」だろうが何を意味しているかさっぱり分からない。
2・3ページ棒読みしてみたが、さっぱり分からない。
店員を探して聞いてみた。
「この本の、日本語訳はありますか?」
「ええ、ありますよ。こちらに。」と言って別の棚から出して渡してくれた。
「公案」という題だった。
そして第四章を開いた。
「実在に対する信頼と信念」と書いてあった。
そして中味を開いてみて、読みだすと手が震えてきた。
何と日本語訳の本でも内容がさっぱり理解できない。
「これは、語学力や読解力以前の問題だ。人格のレベルの問題だ。」と思ったからだ。
もちろん、自分のレベルの低さに愕然としたのである。
五郎は洋書と日本語訳書と両方買った。
この本に挑戦してみたくなったのだ。
人格としてのレベルの低さには失望したが、何か先に一点の光りを見たような気がして、家への帰り道は興奮して、早く帰って読んでみたかった。
久しぶりの心地よい興奮に体も心も軽快な思いだった。
高校以来の英語の本との取り組みに、何か受験前の少年に戻ったような気持ちがして新鮮だった。
「65才の手習いだな」とつぶやきながら、ひとりで 微笑むのだった。