第七十五章 落日の大企業

戦後の日本の大企業は、戦前の財閥が解体された結果、欧米型大企業だった財閥グループと違って、中小企業がその合間をぬって成り上がってきたものが多い。
それだけに、大企業の本質を身につけておらず、がらだけが大きくなっているから、社員の質も、戦前からの大企業に比べて劣っている。質が上がり出したのは、昭和35年頃からで、昭和39年に開催された東京オリンピックの為にまず、東京が膨れ上がってきたことが大きい。その頃から、質の良い大学の卒業生を大量に採用するようになったのだ。しかし、幹部連中は、叩き上げで、プライドはあるが知性はかけらすらない者が多かった。そういった連中がバブル経済をつくり、それを破裂させた時代までの戦後大企業のリーダーたちであった。
落ちこぼれ軍人しか生き残らなかったために、戦後のリーダーになれた世代が経済界のみならず、政界、官界の実態だった。
そのおつりが、20世紀最後の日本の危機として長い不況をもたらした。
戦死していった優秀な軍人が、愚かな戦争などせずに、日本の国力を強化することにエネルギーを費やしていれば、こんな情けない国にはならなかったであろう。
ご老体や五郎は、戦時中はまだ小学生か中学生で、戦争の怖い思い出が少し残っている世代だった。
80才前後になる老人が、この落ちこぼれ軍人の類に入る世代だ。この世代が今でも現役で頑張っているのが政界と財界である。
もっとも程度の低い層が、戦争のお陰で日本の指導者になれたのだから、本人たちは幸せな人生であったかもしれないが、そのお陰で国家はがたがたにされてしまった。
戦後日本の大企業のトップには、依然こういった化石人間が闊歩しているところが多い。
会長や相談役におさまって、自分が手塩にかけた社長を、操ろうという魂胆なのだ。
社長になった戦後派も、彼らに取りたてられた恩があるから、無碍な態度も出来ない。
実力で勝ち得た社長職ではないからだ。落ちこぼれ軍人の彼らは、劣等意識を潜在的に持っているから、どうしても疑心暗鬼になって、実力のある部下より、無能でも、自分にごまをする人間を引き上げるという悪循環を今も引きずっている大企業が多い。
こういった企業はトップから平社員まで、同じ類で占められている。
21世紀世界の新しい価値基準は、本物であるかどうかが大きな要素を占める。
そういう中で、戦後の大企業の大半は消え去っていく運命が待ち受けている。
それに伴なって、日本という国家も同じ運命を辿っていくのが、自然な流れであろう。
この流れは、もうすぐそこまで迫って来ている。
本来ならば、この流れを食い止めるのは若者たちだ。明治維新がそうであったように。
ところが、この若者たちが、ホームレスに一番多くなっている。そして老人たちが必死になってこの流れを食い止めようとしているのが、現代の日本だ。
まさに明治維新は青年革命で日本を救ったが、平成維新は老人革命にならなければ、日本の危機を救うことは出来ない様相になっている。
戦後の落ちこぼれ軍人が依然支配する、大企業は落日の日が刻一刻と迫っているのだ。