第七十八章 日本挽歌

五郎は、この危機状態にある日本の国をどうしたら救うことが出来るか必死に考えた。
トーホー商事を退任した時は、もう自分の出番はなくなった、後は自己の人生を如何に充実したものにするかだけだと思っていた。
その中でホームレスの経験をし、自分の生きてきた世界が如何に卑小で狭い世界であったかを思い知ることが出来た。それで残された人生の指標を持てた喜びを感じていた。人生なかなか捨てたものではない、と実感すらした。
しかし、知れば知るほど、困難が止めどもなくやってくることを今、また思い知らされた。
会社を辞めれば、後のことは自分には関係ないとまで思っていたのに、日本にこれから襲ってくる苦難が21世紀の世界の話で、到底そこまで生きているはずもない将来を真剣に憂い、思いやっている自分に驚かざるを得なかった。
「生きているということは、こういうことなんだ。70才を超えて初めて知ったことだが、小さな子供が、些細なことに感動するのと同じ、何とも言えない新鮮な気持ちだ」
と思うと、「あれもやらなければならない。これは俺がするしかない」と思うことが一杯出てきて、溢れるような充実感を感じた。
久しぶりに上原の道場の講義を聞いてみたくなって、マサルと恭子に言うと、
「それなら、今日は山本さんが講義してください」とふたりから言われた。
「わたしが講義するなんて資格はないよ」と断ったが、
「山本さんは、会社を辞められてから自信喪失され、反動で自分からでしゃばることがほとんどありませんでした。自信過剰も良くないけれど、自信喪失もよくないですよ。本当はものすごい能力を持っておられるはずです。ご老体がいつもそう言っておられます」とマサルが大人の顔をして五郎に言った。マサルももう25才になっているのだ。
「そうですよ。だけど最近の山本さんを見ていると、自信はないけれど、生き生きとしておられる雰囲気があるときと、落ち込まれているときと交互に見受けられます。何か真剣に考えていらっしゃることがあるんですか?」と恭子に聞かれた。
「分かった。今日はわたしが講義をしてみよう。その中でのわたしの話が今の質問の答えになると思う」と五郎は恭子に言ったら、嬉しそうな顔をしてふたりはウインクした。
その日の夜8時から、五郎の初めての講義が始まった。
「わたしは、今72才です。しかし精神は20才そこそこの若さを持っています。それだけに喜びと悲しみの山と谷が大きくて、日々泣き笑いの人生を送っています。しかし、はっきり言えることは、山であろうが谷であろうが、気持ちは充実していて、生き生きとしていて、これが生きているということだと思っています。
ここに来ておられる方々は、わたしと同じ高齢者の方と若い青年の方たちであります。そして世の中は、高齢者の方たちが水を得た魚のように頑張っておられます。
逆に若い人たちは、自信を失われて投げやりになっているように見えます。しかし、本来の人間社会の形態からみれば、これは、やはりおかしい現象であると思います。動物を見ていても、若いのは好奇心旺盛で、疲れを知らないで活動をしています。高齢者は経験が良きにつけ、悪しきにつけ、ある程度先を読む力が出来、先の結果を考えた発想になっています。これは良くないことだと思います。今日もここに来ておられる砂塔さんの会社がきっかけで、高齢化社会の問題は見事に解決しましたが、その陰の部分で若い人たちが自信と夢をなくしてしまいました。自信は努力によって取り戻すことは出来ますが、理想や夢は時と一体になっているのが本質でありますから、一旦捨てると取り戻すことは出来ません。時間という与えられたものを捨てるのですから、人間社会にとっても大きな損失であります。
今、日本という国は未曾有の危機に立たされております。この危機を救うことの出来るのは、老若男女一人一人の意識に因るところであることは言うまでもありませんが、特に若い人たちのエネルギーが無くては不可能なことであります。
その点、わたしたち高齢者には経験を活かすことは出来ても、経験のない事態が起きると対処できません。その時にものを言うのは若さという体力であります。若者には未経験地帯を踏破出来る肉体的体力のみならず、精神的体力を持っています。精神力は経験が要りますが、精神的体力は純粋エネルギーですから若い人たちが多く具えているのです。
この国にとって今一番必要なのが精神的体力であります。過去戦争に負け、焦土と化したのも、そのときのこの国に精神的体力がなかったからであります。わたしの個人的意見でありますが、歴史の古い国家ほど精神的体力が減少していくようです。アメリカという国の持つ精神的体力は巨大なものであります。まだあの国には歴史の節目が一つもありません。日本の場合、明治維新が歴史の節目でした。そういう点において歴史の浅い国であります。世界を見渡したら、歴史の節目を持った国は極めて少ないものです。ヨーロッパではドイツが二つの世界大戦で大きな節目が出来ました。ロシアもソ連という国が70年間続いたのが節目でしたし、それに引きずられて、東欧諸国も節目を持ちました。西欧諸国は未だに節目を持たずにローマ帝国時代のままです。中国もソ連と同じ道を辿りました。
そういたしますと、何千年という人類の歴史であっても、現代の人類はたかだか2百年の歴史しか持たない文明社会であると見るべきであります。まだこれから、また何千年と続く新しい文明の歴史が緒についた時であります。その新しい文明とは、人類が地球から宇宙へと羽ばたく文明であることは言うまでもありません。21世紀は地球から宇宙への飛翔であります。我々高齢者は21世紀を生き抜くことは出来ません。
それが出来るのは若者、そしてその若者の子供たちであります。わたしは幸い、世界のいろいろな国をこの体で見てきました。残念ながら日本の若者が一番精神的体力が乏しいと言わざるを得ません。どうか、自分たちが生きている時代だけを考えずに、子供たちの生きる世界を真剣に考えてやって欲しいと切に望むものであります」
横で聞いていた、マサルと恭子の目が光っていた。