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終わりの章 自分へのスピーチ あれから8年、五郎にとっての8年は、ほんの1年程度の時間の感覚であった。 それを、年をとったせいと考えるか、充実した時間だったととるか、それは五郎の胸にしか分からないことであった。 今日は、マサルと恭子の結婚式であり、式場は上原の落ちこぼれ道場であった。 しかし、出席者はタレントスター同士の結婚式以上の豪華メンバーであった。 出席者の顔を一人一人見まわしていった五郎は、かつての栄光を失った連中が、栄光を失った喜びを顔面一杯に表しているように感じた。 自分のいた会社の連中が見たら、自分もそう思われるだろうなと内心笑っていたら、横からご老体が、 「何を笑っているのだ」と言って足をつついた。 「笑っていますか?」と聞く五郎に、 「8年も毎日顔を合わしていたら、心の顔まで見えるさ」と言った。 「それじゃ、わたしの今日の想いを全部読めますか?」と聞いたら、ご老体は胸の中から封筒を取り出して五郎に渡した。 そのとき、ちょうどマサルの父の挨拶が始まるときだった。 五郎は、封筒の中の便箋を取り出し、読み始めた。 「みなさん、本日は息子の結婚式にこれだけの方々が出席して頂いて誠にありがとうございました。これは一重に息子の徳の賜物だと思って、父としてこんな息子を持ったことを誇りに思っています。・・・・・・ わたしは、大企業のサラリーマン幹部として、栄光の道を歩んでいると錯覚した人生を65年間も続けてまいりました。それから8年の間に、この薄っぺらな65年間の人生の上に素晴らしい衣装をつけてもらいました。…………・・そしてこの晴れの舞台に、挨拶をさせて頂いたことは、…………72年間の人生をさまよい歩いた果ての到着地であった満足感を味わっております。思えば、8年前に衝動的に飛び出し、明治神宮まで歩いて行ったときは、まさにこれから果てしない彷徨の旅だと思って不安がいっぱいの中五百円玉1個で渋谷の駅まで、ふらふら呆然自失の境地で歩いたことが思い出されます。それから今日までの8年間にわたしは生き返りました。生き返らせて頂いたと言った方が適切であります。人生はどこで何が起こるか、まったく1秒先が未知であります。しかし、この果てしない彷徨の旅が、途中あらゆる困難と遭遇しても、最後には最高の結果で終わらせてくれる、内なる旅の案内人がいてくれることを知りました。 その旅の案内人を信じ、一緒に生きて行きさえすれば、この彷徨は、心地のよいものであったことを教えてくれました。……………」 封筒を左手に持って読んでいた五郎が、封筒の中に何か硬いものが入っているのを 感じ、中から取り出してみた。なんとそれは家出した時に持っていた五百円玉であった。―完― |