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一期一会 十の日 日本では、今日は3連休が明けての仕事初めで憂鬱な方が多いのではないでしょうか。 憂鬱になると、必ずもたげて来るのが、実体のない不安感であります。 みなさんは、今、不安を抱えていますか。 不安とは、未だやって来ない嫌な出来事を待つ気持ちであります。 既に、やって来ている嫌なことを不安とは言いません。 それは苦労と言った方がいいでしょう。 過ぎ去った苦労は苦労とは言いません。 今となっては、二度と繰り返して欲しい気持ちはさらさら無いけれど、その苦労によっていろいろと考えさせられ、自分の人生経験の1ページとして学ばされたという気持ちになっているでしょう。 それでは、今まさに苦労の真っ只中にいるとは、どういう状態でしょうか。 実は、今、ここ、には苦労など無いということを理解してください。 たとえば、あなたがリストラ勧告を今日会社から言われ、家族全員が落ち込んでいる状態としましょう。 リストラ勧告を受けた事実はあるけれど、それは厳密に言えば未だやって来ていない出来事ですから、今、ここには具体的には何も起こっていないわけです。 それでは、ちょっと時間の針を進めて、リストラによって退社する日がやって来た状態としましょう。 それは、今日まで何十年と続けて来た、家と会社の往復をする、つまり通勤するパターンが終る最後の日だけであって、あなたに何か特別なことが起こっているわけではありません。 それでは、もう少し時間の針を進めてみましょう。 通勤するパターンがなくなって、今日からずっと家にいる状態になったとしましょう。 一日単位で考えれば、ずっと家にいることは、これまでにも休日という形でいくらでもあったはずです。「ああ、やっと一週間が終って終末の休みだ」とほっとしていたはずであります。 一日家でゆっくりしたいと思っているサラリーマンの方がほとんどでしょう。 それなら、ずっと家にいることが出来ること自体は良いことであるはずです。 今日から、ずっと家にいて、のんびり出来るのですから、悪いはずは無い。 それでは、更に時間を進めてみましょう。 もう何ヶ月も、何年も、家にずっといることが続いている状態であるとしましょう。 今、ここにそういう状態が在るということは、昨日もそうだったということです。昨日がそうでなければ、今日も同じ状態では在り得ないわけです。 それならば明日も同じ状態が続くはずであります。そこには何も特別なことが起こっているわけではありません。 それでは、もっと時間を進めて、今、ここは、貯金も使い果たし、もうこの後、食べていくお金が無い状態だとしましょう。 かなり切羽詰まった状態になって来たわけです。 まさに苦労の真っ只中に突入する状態に近づいて来たと言っていいでしょう。 しかし、まだ突入はしていません。突入直前の状態であります。 ということは、未だ何も特別なことが起こったわけではありません。 それでは、いよいよ不安に思っていた事態がまさに、今、ここにやって来たとしましょう。 家族全員、お腹が空いてきたけど食べるものを買うお金がない。家賃や、ローンを支払うお金もなく、住んでいた家から追い出されて、雨露を凌ぐ場所がない。そういう状態が、今、ここだとしましょう。 こういう状態が、苦労の真っ只中と言っていいでしょう。 まさに、こういう状態がやって来るのが嫌で、未だ来ぬ出来事に対する不安を持って生きているのが、一般の人間であります。 一般の人間なら、この事態になるまで、無為無策でいられるでしょうか。 必ず、妙手かどうかは別として、手を打つはずであり、それによって時間は更に延びて行く。 こうやって死ぬまで生きてゆくのが、人間の寿命であるのです。 それが普通の人間であります。 では、こんな状態は、不安感だけで、現実にはやって来ないのか。 いや、やって来る可能性はあります。 現に、こんなに不景気が続く日本では、毎日のように倒産、夜逃げ、借金地獄の中に身を置かれている人たちは山といるわけです。 では、こういう状態にまで追い込まれた原因は何であったのでしょうか。 人間の体には、体内時計と連動して、自動セキュリティーシステムが作動しています。 身体の自然治癒力もその一つで、白血球が体外の侵入者から身を守る役目を持っているのも、自動セキュリティーシステムが作動しているからです。 この自動セキュリティーシステムが作動しないと病気になるのと同じで、倒産、夜逃げ、借金地獄の中に身を置かざるを得ない状態になるのです。 つまり、そういう状態にある方は、心の病気になっているのです。 人間の体は、病気で死ぬのではありません。 寿命が尽きるから死ぬというのは適切な表現ではないと思います。 寿命という言葉、そのものにはネガティブな響きなど、ありません。 命を祝う意味であります。 つまり、命を全うして祝い事がやって来たことを寿命が来たというのであります。 死ぬというのは、寿、つまり、めでたいことであるのです。 一方、病気というのは、本来在り得るべき状態ではない、不測の事態であるのです。 従って、死ぬということと、病気になるということは、本質において正反対のものであり、死ぬとは肯定的な現象。病気とは否定的な現象であるのです。 心の病気も、本来なら在り得るべき状態ではないのです。 倒産、夜逃げ、借金地獄は心の病気が発病した結果の症状であって、心の病気にかかっていない人には縁のないことであり、また人間は本来、そんな病気には縁がないのです。 身体にある、自動セキュリティーシステムが健全に機能している限り、心の病などあり得ないのです。 そうすると、苦労の真っ只中に身を置いている人は、心の病にかかっている方だけであるはずです。 この心の病には、いくつかの種類がありますが、一番性質が悪いのが、増上慢というものです。 増上慢という病気が頭をもたげて来ますと、身体の自動セキュリティーシステムがまったく作動しなくなります。 わたしが、この世的成功は、必ず人生の失敗に繋がると申していますのは、この世的成功には、増上慢がつきものであるからです。 いくら、自分で心の制御をしても、生身の肉体を纒っている限り、この世的成功と増上慢は表裏一体の性質のものであります。 従って、この世的成功をしていない限り、先に申しましたような不測の事態になるようなことはあり得ないのです。 それであるなら、苦労の真っ只中にいるような事態は、あり得ないのです。 そうしますと、結局の処、あなたが不安に思っているようなことは、増上慢のような心の病気にならない限り、絶対に起こることはないのです。 如何に、この世的成功が、恐ろしいものであるか、解っていただけたでしょうか。 まったく不安のない安心立命の境地とは、この真理を理解することであります。 そう思って、仕事を始められると、仕事の中にも桃源郷があることを発見されるでしょう。 そのような心境のサラリーマンの方々がどんどん増えていけば、サラリーマン国家・日本の復興も夢ではないと思うのです。 |