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一期一会 十三の日 今日は、日本という国が世界から、どのように見られているのかを、お話してみましょう。 日本という国を、まったく知らない国の中にアメリカが入っていることをご存知でしょうか。 政治的に最も親密な国アメリカの国民が、日本の国のことを一番解っていないのです。 もちろん政治家や国際的ビジネスマンは良く知っていますが、一般国民は、日本という国が地理上、どこにあるかも知らない人たちが大半であります。 アメリカという国の歴史が浅いのが、その理由のひとつだと思いますが、一番の理由は、やはり教育の問題だと思います。 日本という国のことを教えていないのですから、知るべくもない。 彼らの教科書に日本のことについて書かれているのは、真珠湾(パールハーバー)に攻撃をしてきた卑劣な国である。それだけです。 一方、アジア諸国からは、どう思われているかと申しますと、やはり第二次世界大戦当時、大東亜共栄圏構想で以って、彼らの国を植民地にしようとした恐ろしい軍国主義の国というイメージが依然残っている。 一方、日本という国のことを、歴史的にも最も知っているのは、ヨーロッパと西アジア諸国ではないでしょうか。 やはりシルクロードによる交易があったからでしょう。 これらの国では、日本という国のことをしっかりと教育している。 何故、このような違いがあるのか。 何故、実態とイメージがこれほど違うのでしょうか。 日本側の問題としては、政治家の資質が余りにも低いことが最大の原因でしょう。 信じられないことですが、こんな実話があります。 日本の、今は亡き実力政治家がアメリカに行って、アメリカのことを英語でライスカントリーと真面目な顔をして演説した。 アメリカのことを,日本では米国と呼んでいるから、米(ライス)の国(カントリー)と言ったのです。 世界の隅々まで浸透している華僑の間では、アメリカのことを美国と呼んでいます。 彼らは世界各国の地で、そこの国民と長い間共存してきて、しっかりした地盤を築きあげていますので、彼らの漢字での表現が、その国の国際的に通用する名前になっているのです。 従って、それぞれの国の人たちも、自分たちの国のことを漢字ではこう呼ばれているということを知っているのです。 何故、日本がアメリカのことを米国と呼ぶようになったのか。 別に、米の産地だから米国と呼んだ訳ではありません。 美国、すなわちビコクが訛ってベイコクとなり、米国となった訳です。 マルコポーロが東方見聞録で、日本のことを黄金の国ジパングと紹介していますように、当時からヨーロッパ諸国では、日本のことをきっちりと認識していたのです。 マルコポーロは、ただ噂だけで、日本のことを紹介したのではなく、当時の中国を支配していた元の国に行って、そこで元の国から日本のことを学んでいたのです。 日本の歴史では元寇(げんこう)の役と呼ばれ、大国・元が日本に攻めて来たと云われてきましたが、当時、元という国は世界の大半の国とシルクロードを通じて交易をしていました。特にヨーロッパの国々との交易が活発にされていたからマルコポーロも元国に住んでいたことがあり、東方見聞録を書いたのです。 元のフビライ汗は、単に、日本と交易をしようと思っていただけなのです。 特に、当時から、金は最も貴重な金属として認められ、その金を大量に生産する国として日本は有名であったから、黄金の国と呼ばれていたのです。 ところが日本の歴史では、黄金の国ジパングは、未だ見ぬパラダイスの国という噂から黄金の国だと呼ばれていたかの如く教えている。 当時から、世界の国は、日本のことをしっかりと認識していたのです。 教育水準が非常に高い国だということも知っていたのです。 ヨーロッパ諸国が帝国覇権主義の列強と呼ばれた背景には、負の面ばかりが歴史では書かれていますが、正の面もあったことを忘れてはいけません。 それが歴史を正確に読む為の、原理原則であります。 ものごとには、必ず正の面と負の面がある。これが原理原則であります。 アジア諸国を植民地化していった裏には、遅れた開発途上国を教育してやろうという正の面があったのです。 日本という国が、歴史の古い中国よりも遥かに教育水準の高い国であることも知っていたのです。 だから植民地にするようなことは、最初から考えていなかったのです。 現にタイ国は植民地にはされていません。 もちろん、負の面、すなわちヨーロッパ列強のエゴの面があったことは確かですが、正の面も知らなければ、真実が解らないと言っているのです。 そういう観点から、日本という国を最も理解している国はどこなのかを、わたしたちはきっちりと知らなければなりません。 そうでないと、かつて冒した過ちを繰り返すことになる。 同じ過ちを繰り返すことで、一番被害を蒙るのは、わたしたち日本人であるのです。 孫氏の兵法ではありませんが、「彼を知り己を知れば、百戦して殆(あやう)からず」であります。 その為には政治家のレベルアップを図ることが急務であり、政治家のレベルアップの最大要点は国民のレベルアップであることを忘れてはなりません。 それでは、日本国民のレベルはどの程度のものであるのかを示す卑近な例をお話したいと思います。 先般、わたしはロンドンから北西、およそ車で1時間半、A40という高速道路を走って、オックスフォードの町に行ってきました。 オックスフォード大学という名門校があるところですが、オックスフォード大学という一つの大学があるのではなく、町自体の名前がオックスフォードと言って、オックスフォードの町にあるすべてのカレッジを総称してオックスフォード大学と呼んでいるだけで、町の中には、たくさんのカレッジがあるわけです。 日本の大学でいう、何々キャンパスといった感じでしょうか。 そこの一つのモードリン・カレッジの学生さん達と話をする為に行ってきたのです。 カレッジの中には、立派な教会もあり、その中の教室で、彼らに2時間ほど日本について話をしたのです。 年齢は二十歳前の学生さんばかり12人でしたが、正直言って、日本の同世代の人たちに比べて、成熟度の違いの大きさに驚きました。 そして数ヶ月前に、わたしが日本にいた時に出喰わした、ある光景を思い出しました。 若い男女4人が、ある高級ホテルのコーヒーショップで、大きな声を出して喋っているのです。 学生ではないでしょうが、大きな声で喋っているから自然に耳に入って来たのです。 「一回、あいつを刺したろうと思うてんねん」 若い女が、年のわりには、しわがれた声で、こんなことを大きな声で言っておるのです。 話しの内容にびっくりしたわたしは、彼らの方を見ました。 3人の若い男と女ひとりが、お茶を飲んでいたのですが、一人の若い男の左手の小指に包帯が巻かれてあるのに気がつきました。 「指を詰めて恰好ええな!」 その若い女が大きな声で、まわりの者に、これ聞こえよがしに言っておるのです。 わたしは、ショックを受け、『これが今の大阪を象徴している!』と思いました。 カレッジの学生さんに、その話をしたのです。 モードリン・カレッジの学生さんは、王族の方たちがパブリックスクールから進学するカレッジで、ある意味ではエリートのみなさんです。 一人の学生さんが、わたしの話を聞いて、こんな意見を言ってくれました。 「ロンドンのダウンタウンには、人生に落ちこぼれた人間がたくさんいます。反社会的行動をする人間もたくさんいます。しかし彼らは表社会には絶対に顔を出してきません。出したくても出せないのです。それが当然のことだと彼らも認識しています。自分たちは裏社会にしか住めない人間だから仕方ないと思っています。日本では、そんな人間が高級ホテルと言った社交の場に堂々と入ることが出来るのですか?ロンドンのホテルで、もしそんな人間がいたら、みんなが騒ぎ出して追い出します。それでも言うことを聞かなければ、警察官が飛んで来ます。あなたの国では、そんなことが許されるのですか?」 わたしは、世界のいろいろな国を見て来ましたが、先進国でも開発途上国でも、ここまでモラルが低下した国を見たことはありません。 アメリカのニューヨークが治安の悪さで有名な町でしたが、今は違います。 シカゴの町でも、ロスアンジェルスでも、治安が悪くなったと言っても、それは特定の場所だけで、一般人の目に触れる場所には出てきません。 大体、薄暗い地下にある一般人が絶対に行かない所にいるのです。 いわゆる吹き溜まりに、追いやられているのです。 それが、公の場所に平然と出て来られる国があるなんて信じられないと驚き、「自分は日本という国は素晴らしい国だと思っていました。勉強熱心で、みんな一所懸命働く勤勉な国民だと思って、いつか日本に勉強の為に行きたいと考えていましたが、今のお話を伺って失望しました」と悲しそうな顔をする学生さんもいました。 「そんな国なら、たとえ母国であっても、国を捨てて国外に脱出する人がたくさんいるはずでしょう?わたしなら、すぐにそうします。だって政府機能(Governance)の無い危険な国に住むなんて自殺行為と同じじゃないですか」 そんなことを言う学生さんもいました。 ところが、わたしたち日本人は、それを深刻に受け留ることが出来ない精神になってしまっている。 オックスフォードからロンドンに帰る途中、わたしはずっと憂鬱な気分で車を運転していました。 わたしは、かつての大英帝国が冒した帝国主義の罪について熱弁を奮っていましたら、「日本人のイメージはMiserだと大体の人が今でも思っている」 とネガティブな意見を言う学生さんのことを思い出しました。 Miserとは守銭奴のことを言います。 Miser(守銭奴)はMiserable(哀れな、不幸な)なのが、英語を喋っている国の人たちの常識なのです。 フランスのヴィクトル・ユゴーが書いた「レ・ミゼラブル(ああ無情)」は、日本でも有名な小説です。 その日本人が守銭奴だと世界から思われているのです。 情けないことですが、わたしは、ある日本の老人のことを思い出して、『さもありなん』と認めざるを得なかったのです。 それ以来、途端に体調が悪くなりました。 |