一期一会  十四の日

また新しい1週間の始まりです。
この1週間の繰り返しのリズムは、あなたにとってマッチしているでしょうか。
「神はすぐ傍」で、一日と一年が時間の基本だと申しました。
1週間は旧約聖書に書かれてある6日働いて1日休むという教えから来たものですから、人間の世界だけにある時間の感覚であります。
1ヶ月という時間の感覚は、その言葉通り、月との関係から来ておりますから、月との因果関係の基に生きておれば大きく影響を受けるでしょうが、今の処、赤ん坊の誕生である臨月や、人間の死である臨終に何らかの影響を受けると言われている程度で、日常ではそれほどの影響は受けません。
わたしは、この1週間の繰り返しというリズムがどうも気に入りません。
6日働いて1日休む−今では週休2日制に、どなたか寛大な方が改善してくれたようです−人間の歴史の中で得た知恵なのでしょうが、どうして6日働く必要があるのか、今でも釈然としません。
確かに、毎日働き詰めの一生というのは肉体が大変ですから、どこかで休息が要るでしょう。
この、6日働いて1日の休息を取る教えは、旧約聖書の中に書かれてあるのです。
律法すなわち戒めとして何百ある中の一つであり、戒めの中には、奴隷の扱い方まで神が示している。
聖書に書かれている神は、どうやら奴隷制度を認めていたようで、わたしは、こういう神を何と理解していいのか困惑してしまいそうです。
要は6日働いて1日休息する考えの基は、奴隷に対する扱い方にあった訳で、それが働くものの基準になっていったものと、わたしは考えています。
『奴隷を死なせては元も子もない。適当に休みを与えて、こぎ使う為に7日の内1日だけ休みをやろう』
奴隷の持ち主がそう考えた知恵だと思うのです。
『生かさず殺さず』という日本の諺がありますが、同じ意味合いだと思います。
その慣習が1週間という考え方の根本にあると思っているからでしょうか、わたしには1週間のリズムに対するアレルギー反応があるのです。
『自分は奴隷じゃない』という強い反発心が体にあるのだと思います。
『ブルーマンデー』という言葉は、英語のblueから来ているのですが、青い色という意味だけではなく、憂鬱にさせるという意味があり、アメリカの黒人奴隷の間で生まれた音楽、ブルースもこのblueから来ているのですから、1週間は明らかに奴隷の為につくられた時間の単位だと言えるでしょう。
それを世界のほとんどの人間が、当たり前のように使っているのですから、DNAに奴隷根性が刻印されているのが、現代人ではないかと思うのです。
一週間という奴隷用の言葉の呪縛から解放されない限り、あなた自身の解放はありません。
今のわたしには、曜日の感覚がほとんどありません。
休みたい時に自由に休める解放感がありますから、毎日、情緒が安定しています。
『さあ、今日は週末の楽しい金曜日だ』
『ああ、明日からまた1週間が始まる』
などと一喜一憂しません。
この奴隷のためにつくられた時間の呪縛から解放されなくては、真の自由はありません。
サラリーマンの方だけにある概念ではなく、ほとんど現代社会の中に浸透している概念でありますが、特にブルーマンデーという言葉があるように、サラリーマンつまり宮仕えの身である方に強く浸透しているものです。
『休みたい時に休む』という言葉には、怠惰というネガティブな印象が含まれていますが、これは、やはり一日を大切に精一杯生きる観念と相克しているからだと思います。
一日という時間の概念は宇宙の法則ですから、地球上に存在するすべてのものに共通に適用されます。
『一日を精一杯生きるが、休むのを決めるのは自己の裁量に任せられている』
生き方を実践することこそ、『真の人間解放』だとわたしは思うのです。
ややこしい哲学やイデオロオギー、宗教は、『人間の奴隷化』を促進しても、『人間の解放』をする処方箋には決してなり得ないでしょう。