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一期一会 十五の日 わたしは、最近つとに感じるのですが、人間社会、どうやら一度ガラガラポンをする時期が既にやって来ているのではないでしょうか。 十四の日でもお話しましたように、人間は気づかないうちに、自縄自縛なのか、ある一部の目に見えぬ力によってなのか定かではありませんが、心の奴隷化がピークにまで達しているように思えてなりません。 大衆というものを、わたしたちは唯の概念としか捉えていません。 しかし、大衆を実体あるものと捉え、大衆とは如何なるものかを、冷徹に見ている何かが存在しているのではないでしょうか。 自縄自縛の観点からすれば、自己を忘れてしまい、失ってしまった状態が、その正体かも知れません。 しかし、人間の持つ、こういった負の面を、きっちりと把握している狡猾な人種が存在していることは間違いないでしょう。 彼らからすれば、わたしたちの弱点を知り抜いているのですから、わたしたち一般大衆を、自分たちの思うままに操ることなど実に簡単なことではないでしょうか。 人間は懲りない生き物であるようです。 懲りても、懲りても、同じ過ちを繰り返すようです。 その根本原因に気づくことが、自己想起であり、忘れ、見失った自己をもう一度取り戻すことになります。 今の日本を俯瞰しますと、目に見えぬ病魔が身体の隅々まで侵入し着実に蝕んでいっている状態だと思います。 この病魔は、どうやら末期症状すら顕さずに深く潜伏し、症状が出た途端即死する極めて危険な化け物のようであります。 日本人は、良い意味でも、悪い意味でも、極めて情緒的であり、論理的であることを不徳だと思い込んでいる特性があります。 強みでもあり、また弱点でもある、この特性が原因で、じわじわと即死に向かって行進しているようであります。 日本の今の閉塞状態を、わたしたちひとりひとりが他人事のようにしか認識していません。 マスコミで報じられている、目を疑いたくなるような事件が次から次へと起こっているのですが、みんな他人事であると思っておられる。 しかし、その現象はまったくの他人事からすぐ傍の隣事にまで、じわじわと迫っていることを最近感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。 対岸の火事だと思っていたのに、すぐ隣の家まで類焼して来ている。 もうあと一歩で、自分の家にまで類焼が及ぶ状態が、今の日本の実体であるのです。 昔の時代は、火事が起こると、消火作業もしますが、火の手が広がると、それ以上の類焼を防ぐために、家を壊します。 火消し組というのは、消火よりも、大きな被害が出ないために家をとり壊す作業をする人たちでありました。 わたしが、ガラガラポンをするべき時期がやって来ているという意味は、火消し作業のことであります。 もうそんな状態にまで及んでいるわたしたち日本なのに、まだ家でのんびりクイズ番組や阿呆なタレントをスターだと思って血道をあげて、テレビを見ている。 自分の家にまで火が及んでから騒ぎ出しても遅いのです。 火消し組は、お城に類焼しない為に、一般の家をとり壊す役目も負っていることを、忘れてはいけません。 我が身に危険を感じ出した民衆は、家財道具一式荷車に載せて、日本という大火事の町から、今まさに脱出をし始めたようであります。 果たして、誰がこの雪崩現象を食い止めることをやってくれるのでしょうか。 あなたは、どう思われますか。 |