一期一会  十七の日

禅の教えで、心は丸く、気が長く、腹を立てず、・・・という言葉があります。
ひとつひとつの字まで丸くしたり長くしたり横に書いたりしている・・あの言葉です。
すべてあるべき心の状態を指しているのです。
すなわち、丸い、長い、横が心の良い形で、四角い、短い、立ったのが心の悪い形であるわけです。
ぎくしゃく、急いで、速く、事を成そうとする心を諌めている。
要は、急ぐ、焦るのは良くないと言っておるのです。
わたしなどは、その良くない心の形を地で行ったような人間であります。
何度懲りても同じことを繰り返す阿呆の典型のような人間であります。
「神の自叙伝」の中で"懲りない人間"という一章を借りて自責の念でラスベガスのベッドの上で書いたことが思い出されます。
それでも未だにこの病気は治りません。
馬鹿は死なないと治らないようです。
死ぬまで治らないなら、四角い短い立った心でも良い形にすれば良いではないかと今では居直っています。
何故、四角いより丸い方がいいのか。
角があるから良くない訳です。角に当たれば痛いからです。内側にいる自分も、外側にいる他人様も痛いわけです。
何故短いより長い方がいいのか。
余裕があるか無いかの問題でしょう。ゴールが目の前に迫っているのに、まだやり残しているものがたくさんあると焦って余裕がなくなります。
何故腹が立った状態より横になった状態の方がいいのか。
四本足動物はみんな腹を横にしています。腹を立てているのは二本足動物だけです。どうやら二本足動物だけが腹を立てるようです。
わたしは、その価値基準をすべてひっくり返して生きています。
これは、固定観念をひっくり返すことに他ならないのです。
自分の価値基準だけで生きている生き方。
他人の価値基準も包み込んで生きる生き方。
すべてを内包しながらも、どちらにも拘泥しないで生きる生き方。
人間の精神性の向上過程がここにあるのではないでしょうか。
心は丸く、気は長く、腹を立てず、の生き方は他人の価値基準を包み込んで生きる生き方を示唆しているのでしょうが、まだ上には上があることも忘れてはなりません。
わたしの欠点は最大の長所にもなる可能性を秘めている。
それを開花させるしか、欠点の多いわたしには道がないのです。
こうやって文章を書いているのも、その道への一過程であるのです。
欠点の多い人間は、それだけ努力をすることを運命づけられているように最近思えてなりません。
努力もしない欠点の多い人間で死んで行くことだけは是非とも避けたいと思っています。
そうすれば、馬鹿も死ぬまでに治すことが出来るかも知れません。