一期一会  二の日

わたしは毎朝、散歩をしています。
国が変わっても、必ず散歩をします。
最初は持病の心房細動の為にと思って始めたのですが、今では歩きながらの瞑想だと思っています。
インスピレーションがどんどん湧いて来るのですが、中には性質の悪いものもあります。
しかし、執筆活動をするようになってからは、悪いインスピレーションが湧いてくることは極めて少なくなりました。
ここが、重要なところです。
インスピレーションというのは、何となく良いイメージがありますが、実は気分の変化であるだけです。
気分が良い時と、悪い時があります。
両方共、インスピレーションの為せることなのです。
普通、わたしたちは、頭で考えています。
頭で考えるということは、実は考えているのではなくて、計算しているのです。
打算の計算ではなく、純粋にコンピュータと同じ計算をしているのです。
足し算、引き算をしているそろばんが脳なのです。
そろばんは使い方を知らなければ、何の役にもたちません。
そろばんの使い方を知るためには、そろばん塾に通わなければなりません。
そろばん塾の先生が、あなたの両親−特に母親−や学校の先生であったのです。
塾の先生から教わったことを、どんどん貯めていくことによって記憶となって、あなたの体全体で憶えていくわけです。
そして状況に応じて、外部から若しくは内部から、記憶倉庫にある膨大な量のプログラムの最適なものを引き出して、脳というそろばんに命令するのです。
そして脳というそろばんが計算を始めます。
このそろばんのいろいろな使い方を、あなたがその時、一番心に気にかけている問題の解答を出すために引き出してくる(湧いてくる)のがインスピレーションであるわけです。
従って、いくら膨大な記憶を貯めていても、それが足し算をするのか、引き算をするのかで結果は大きく変わってきます。
足し算をするのが、良いインスピレーションであり、引き算をするのが、悪いインスピレーションであるのです。
そうしますと、あなたが足し算をする記憶をたくさん持っているか、引き算をする記憶をたくさん持っているかが、湧いて来るインスピレーションの質に影響するわけです。
あなたが生まれたての赤ん坊の頃から周囲の影響を受けて貯めていく記憶は、ほとんどが引き算の記憶です。
「あれをやってはいけない、これをやってはいけない」とインプットされていくのです。自我(エゴ)の発生原因がここにあります。
幼児体験などは、その強烈な引き算手法であります。
また戦後の日本の学校教育も引き算手法ばかりをインプットしてきたのです。
これは、あなたの努力域を超えていて、あなたにはどうしようもない事です。
しかし、あなたの努力次第で足し算手法をたくさんインプットすることも出来るのです。
楽観的な人は、足し算の記憶をたくさん持っています。
周囲の躾、教育が、足し算手法を多くあなたにインプットしてくれた運の良い方や、自分の努力によって足し算手法を体得した方のことを楽観的な人というのです。
悲観的な人は、引き算の記憶をたくさん持っているのです。
周囲の躾も引き算ばかり、努力もしないから、悪循環に陥って引き算手法ばかりを貯めこんでいる方。
こういう方を悲観的な人というのです。
確かに、インスピレーションが湧いて来ないと脳というそろばんは無用の長物になります。
しかし、引き算ばかりにそろばんを使っていては、返って逆効果になる危険性がある。
従って、インスピレーションが湧いて来るのは良いとしても、引き算のインスピレーションばかりだと、臆病になり、偏った警戒心が強くなります。
すなわち、悲観論者になるわけです。
それと、もう一つ大事な要因があります。
あなたが、今、ここで、一番気にかけている内容の問題です。
あなたが、今大きな問題を抱えて悩んでいる時は、ほとんどその問題で頭が一杯です。
あなたが、今すごく幸せでルンルンの時は、ほとんど頭は働いていません。計算結果が良いことが分かり切っているから、計算する必要がないのです。
ここで、ちょっとよく考えて(計算して)欲しいのですが、あなたが悩みと思っていることと、ルンルンと思っていることの違いを考えて(計算して)欲しいのです。
実は計算問題の根本は同じなのです。
世の中の出来事は、計算する数をあなたに提供するだけです。
たとえば、あなたの子供が受験に失敗した。これはあなたにとって5点。
またあなたが会社で出世競争に遅れを取った。これはあなたにとって10点。
ただ5点、10点という数を世の中(あなたの外部要因)があなたに提供するだけです。
5点、10点をどう計算するかは、あなた次第なのです。
楽観的な人は、+5点、+10点と考えます。
受験に失敗することで、本当の学問の意味を理解させてくれる良い機会を与えてくれた。
出世競争に汲汲とすることで、せっかくの大事な自分の人生という時間を浪費していることに気づかせてくれた。
中国の諺に「塞翁が馬」というのがありますが、まさにこのことを示唆しているのです。
みなさんは、自分で(+)か(−)か、評価・判断をしているのです。
この諺の翁のように達観すれば、(+)も(−)も無いのですが、我々凡人はそうはいきません。
楽観的な人は、+5点、+10点と捉えて、総計あなたの今の気分は+15点になります。
悲観的な人は、−5点、−10点と取って、総計−15点の気分になる。
どちらを選ぶのも、あなた次第です。
外部要因が提供してくれる数には、「塞翁が馬」のように(+)も(−)も付いていません。
付けるのは、あなたなのです。
幸福と不幸感覚の違いは、(+)か(−)かの違いだけで、数の大きさは同じなのです。
日々、良いインスピレーションが湧いてくるかどうかはすべてあなた次第であって、あなた以外のものは何も関係ないことを理解して欲しいと思います。