一期一会  二十の日

イスラム教は、わたしたち日本人の中には、馴染みの薄い、イメージとしては非常にストイックな宗教だと思われている方が多いようです。
わたしが、「砂漠の嵐(ハムシーン)」を書いている動機の一つには、もっとイスラム世界のことを日本人の方々に知って頂きたいという想いからです。
特に、女性軽視がマスコミや無知な政治家によって喧伝され、それを信じた国民の半分を占める女性の方々からネガティブに思われているようです。
わたしは30年ほど前から、イスラム世界と肌で接してきた経験があり、今でも親しいアラブ人、イラン人、トルコ人、パキスタン人の友人がたくさんいます。
非常に浪花節的なところがあり、古い日本人の考え方に似ている面があります。
日本もかつては、男尊女卑的社会だと言われてきました。
男女平等の精神が根付いてまだ1世紀も経っていません。
一見、女性を抑えつけて、男性の好き放題社会のように誤解されていますが、こんな風潮になって来たのは、大東亜戦争−わたしは太平洋戦争だとは思っていません−に敗戦して以降からだと思います。
つまり、占領したアメリカの総日本人洗脳戦略の結果だと考えています。
その背後には、キリスト教世界の思惑が見え隠れしているように思えてなりません。
日本人は無信仰だと、彼らは考えています。もちろん彼らキリスト教世界から見た印象で思っておるわけです。
キリスト教世界の人たちにとって、信仰のベースになっているのは聖書であり、特にキリスト生誕後のことを描かれた新約聖書の都合の良い部分だけをピックアップしたものしか聖書と思っていない極めて了見の狭い考えが、強烈な排他性を持つに至ったのだと、わたしは考えています。
イスラム教もユダヤ教も、聖書がベースでありますが、こちらは旧約聖書が総てである点の違いが、兄弟宗教でありながら今でも骨肉の争いを続けている原因の根底にあると思います。
ユダヤ教は、旧約聖書の律法すなわち戒めを教えのベースにしたもので、当時のヘブライ人を中心に興った宗教であり、その数も極めて少なく、ユダヤ人という人種がいるのではなく、ユダヤ教を信仰している人たちのことをユダヤ人と呼んでいるだけです。
一方、世界には10億人を超えるイスラム教国家があります。その中心はもちろんアラブ人国家であります。しかしその他にイラン、トルコ、アフガニスタン、パキスタン、マレーシア、インドネシア、北アフリカ諸国、かつてのソヴィエト連邦の一員であった中央アジアの国々は、みんなイスラム教を信仰しています。また中国国内にもイスラム教を信仰している人たちがいます。
しかし、彼らをアラブ人とかイスラム人とは呼びません。
ここにユダヤ教(Jewry)とイスラム教(Mohammedanism)の決定的違いがあります。
イスラム教は人種に拘らない宗教であり、ユダヤ教は人種に拘る宗教である点を見逃してはなりません。
一見逆に思われるかも知れませんが、世の中のことは、すべて表面的なものの裏に真実が隠れているのが真理であることを知らなければ、このトリックを見抜くことは出来ません。
話は逸れますが、人間の歴史などは正にこのトリックによる手品の産物であるわけです。
ユダヤ教を信じる人たちはユダヤ人。
これはおかしいと思いませんか。
人種・民族と宗教とは一体ではありません。
アジアには仏教を信仰する国、人種、民族がたくさんいますが、仏教人としてひとつに括っていません。
ヘブライ人(イスラエル人)のユダヤ教徒、アメリカ人のユダヤ教徒、ロシア人のユダヤ教徒とは言わずにユダヤ人(Jew)と総称している。
現に、エチオピアを中心の肌の黒いユダヤ教徒がいるのですが、彼らもユダヤ人と言っておるわけです。
わたしたちが思っているユダヤ人は、旧約聖書に出てくるヘブライ人のことなのですが、この辺が実に曖昧になっている。
ユダヤ人世界は、一言で言えば新興宗教団体的発想であるのです。
ユダヤ教を信仰するものと、そうでないものとをはっきり区別するため−つまり排他的である-にユダヤ人という実体のない人種をつくりあげたのです。
いま世界はグローバル化に向かっているとよく言われます。
グローバル化の元祖こそ、この実体のない人種つくりであることを知らねばなりません。
従って、グローバリズムと民族主義(ナショナリズム)とは真っ向から対決するものであるのです。
わたしは決してナショナリストではありません。ある意味ではグローバリストかも知れません。
それは人種差別主義者(Racist)ではないという意味であって、ナショナリストと人種差別主義者とを混同してはいけません。
ただこれだけ世界の人口が大きくなりますと、争いごとがますます増えるわけで、そういう点で人類一国家が人類平和の要諦だと思っているので、グローバリストと言ってもよいと思っているだけです。
いまの日本人は国家意識を失ってしまっていると、わたしは常々言っておりますが、このことはナショナリズムを放棄してグローバリズムに陥っていることに他ならないのです。
しかし当の日本人は、自分たちがグローバリズムを信奉しているなどと全く思っていない処が重大問題であるのです。
無意識下でグローバリズムに染められてしまった国民と言っていいでしょう。
それが戦後アメリカの対日戦略であり、その成果がバブル発生・破裂あたりから顕在化してきたのです。
今,日本が長期に亘り不況に喘いでいる原因は、単なる不景気や不良債権に端を発した金融問題が根本原因ではないのです。
日本人の無意識の内のグローバリズム−一般的には無関心主義と言われているようです−が最大の原因であることを理解せずに、この難関を切り抜けることは不可能であります。
そういう点で、日本人の意識改革−厳密に言えば、日本人の意識回復と言った方が適切でしょう−をしない限り、この蟻地獄から脱出することは無理であります。
政治的手法などで、解決できる問題ではないのです。
宗教を背景にグローバリズムとナショナリズムの対決が、冷戦後の新しい対立軸となっていることを、日本人はまったく気づいていないのです。
キリスト教世界の原点はユダヤ教にあります。
従って、キリスト教世界対イスラム教世界が、グローバリズム対ナショナリズムの対立軸に摺り変わっていることをよく認識することが大事なわけです。
そして、その背後にドロドロした石油問題が潜んでいる
イスラム世界に石油という強力な武器がなければ、この対立は一方的であったでしょう。そういう点では神はやはり平等であったのでしょう。
アメリカを中心にイラクに戦争を仕掛けようとしています。
理由は、大量破壊兵器の査察問題であることはみなさんニュースでよくご存知だと思います。
大量破壊兵器の最大保有国は一体どこの国なのでしょうか。
国連の常任理事国であるアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国はすべて核という大量破壊兵器保有国であるのに、何故彼らが他の国に査察する権利があるのでしょうか。
それなら先ず、これら常任理事国が自ら大量破壊兵器を完全放棄する宣言をしてからでないと、査察などと宣うことなど以ての外であります。
以前、広域暴力団の抗争事件がありましたが、広域暴力団が、それに反抗する小規模な暴力団の査察をしているのとまったく同じ様相であります。
常任理事国とは広域暴力団そのものと同じであります。
そしてそのバックには、ユダヤ教をベースにしたキリスト教グローバリズムとイスラム教ナショナリズムの対立が長い歴史の中にあるのです。
イスラム教とキリスト教が混在したソ連という国が崩壊して、今はキリスト教のロシアとイスラム教の小国家に分裂しました。
先般のモスクワの劇場占拠事件を起したチェチェン人はイスラム教徒であります。
これから、世界のいたる処でイスラム教世界対キリスト教世界の争いが頻発することが予想されます。
その先鞭を切るであろうと予想されるのがアメリカのイラク攻撃だと、わたしは考えています。
その時、イスラム教国家でも、キリスト教国家でもない、わたしたち日本が如何に対応するかを、自由主義国家イコールキリスト教国家、狂信的テロ国家イコールイスラム教国家と短絡的に判断してはいけないと思うのです。
資源のない日本はいつも石油問題を抱えており、イスラム教国家と事を構えることは出来ない。
一方、食料自給率30%の日本を支えている穀物供給国はアメリカ・カナダ・オーストラリアのキリスト教国家である。
これで自立国家と言えるでしょうか。
その為には、キリスト教のことも、イスラム教のことも、もっと知らなければなりません。
ニューヨークテロ事件の時、テレビで石原東京都知事が、女性蔑視のタリバンを糾弾しておりましたが、イスラム世界のことを何もわかっていない発言であります。
良い面悪い面をきっちりと把握して、その両方を披露した上で、是々非々の論及をするのが本当の知識人であり見識ある政治家であります。
その点では同氏は知識人でも教養人でもない、ましてや見識ある政治家でもない、ただの人気作家、人気政治家だけだと確信したのは、わたしだけでしょうか。