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一期一会 二十一の日 わたしは、こうやって文章を書くようになってまだ3年足らずであります。 それまでは、文章を、ましてや本を書くなど考えたこともありませんでした。 時々、詩を遊び気分で書いたことはありますが、詩を書くことと、文を書くことはまったく違うものであることは、何となくわかっていたようです。 しかし、今ではまったく同じものであると思えるようになってきました。 本来は違うものであると思うのですが、わたしの場合は文を書く気分ではなく、たとえ小説であっても、哲学的なものであっても、すべて詩を書くような気分で書いています。 詩というものは、詩(うた)でありますから、文としての脈絡はほとんどないものです。 しかし、小説や哲学書の文章にきっちりした脈絡がなかったら作品にはなりません。 詩人と作家とは、頭の構造も、心の質も、まったく違うものだと思います。 わたしは、やはり詩人の方の質だと、自分では思っています。 詩人などと偉そうなことを言えるほどのものではありませんが、ずっと昔に書いた詩を引っ張り出して読み直してみますと、ほとんど今と変わりがないことに気がつきました。 文筆家と言うのでしょうか、作家と言うのでしょうか、呼び方などどうでもいいのですが、要は文章を書く人には2種類のタイプがいるようです。 頭で書くタイプ。 心で書くタイプ。 わたしがサラリーマンをやっておりました時に、般若みたいな顔をした嫌味なおっさんが会社の上司としていました。 とにかく、この世の中で自分が一番だと体全体でかもし出しておる。 そのおっさんが、文章を書かしたら確かに上手いし、また達筆なのです。 だから部長になっても、しょっちゅう何か書いておって、言葉で伝えればいいものでも、すぐに文書にして部下に渡す。 明らかに、自分の文才を誇示しておるのが分かるのです。 ところが中身に心が入っていないのです。 こういうおっさんは頭で書くタイプだと思います。 ところがこのおっさん、話をさせたら、全然駄目で、あれだけの文章を書くのに、何故こんなに朴訥とした喋り方しか出来ないのかと思うぐらい下手くそなのです。 心で書くタイプではないからです。 そうしますと、人間の心を揺り動かす言葉というのは、やはり心から発するものであり、言葉の美しさとか、文法の正確さなどとはまったく関係がないことがわかってきます。 このおっさんは、性格がどこで捻れてしまったのか知りませんが、人間をまるで物扱いするのが、当時のまだ若かったわたしでも見えていたのです。 だから仕事上の上司・部下としての会話以外ほとんど交わした記憶はありません。 しかしサラリーマンというのはあさましい職業で、そんなおっさんでもエリートコースを歩んでいるとみんなが見ていたので、摺り寄っていくのです。 今は、家族からも見捨てられ、会社からも見限られ、失意の寂しい残り少ない人生を送っていることは想像に難くないでしょう。 このおっさんに摺り寄って、今でも必死に出世だけを考えている、このおっさんの後輩がおるのです。わたしより2才上なのですが、これはしたたかな人間で、この阿呆なおっさんの失敗例を反面教師として上手く立ち回るのです。この男も、人間を物扱いする極みのような類なのです。 若い時は一緒に飲みにも行った間柄でしたが、この男が結構もてるのです。そして女性遍歴を自慢しておるのです。 ところが結婚をしたのは30代も半ばを過ぎた頃で、しかも見合い結婚であるのです。 この時、『この男は、他の人間を人と思っていない。すべて自分の役に立つ道具とする物としか思っていない。畜生にも劣る奴だ』とわたしは思いました。 それ以来、個人的付き合いは一切やめました。 この男も文を書かせると上手いのです。 会社に提出する論文も最優秀の成績と評価されるのです。 どうやら、人間社会だけにある不条理なメカニズムが、その時解ったように感じました。 そのメカニズムが正確無比に機能しているのが、サラリーマン世界,特に大企業の世界であると今は確信しています。 人間を人と扱うのは、人間である以上当たり前のことなのですが、それが出来ていないのが、現代人間社会ではないかと思うのです。 それは人と人との間にいる人間の基本的要素であるのですが、その為には心のコミュニケーションができることです。 物扱いする人間−およそ人間とは言えませんが−は心のコミュニケーションが出来ない体質なのです。 そういう人間は、文章を書くのは上手いのですが、話が下手くそなのが特徴です。 頭で書くタイプだと思います。 話をするのは、頭脳経由でやれば必然朴訥な喋り方になります。 ネイティブな言語を使う時は、ほとんど頭脳を経由しません。だからスムースに喋ることが出来るのです。 ネイティブでない言語を使う時は、どうしても頭脳経由になってしまう。ワンテンポずれるから流暢に喋れない。 心の会話が、今の日本人に欠落していると、わたしは思います。 一度試されたら如何でしょうか。 あなたは頭で書くタイプか、心で書くタイプか。 わたしは、やはり作家でなく詩人でありたいと思っています。 |