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一期一会 二十六の日 アガスティアの葉について、ご存知ない方もいらっしゃるかも知れないので、少し説明しておきたいと思います。 インドの伝統的な占星術で以って、地上に存在するすべての人間の過去世のみならず、後世まで、竹のような葉にすべて書かれているのを5千年も保存している仙人のような覚者がインドにいるらしい。 わたしたちでも、その仙人の占星術師に会えば、自分の過去世も後世も教えてくれるというのです。 かつてサイババ人気で、日本が湧きかえっていた時期に、名前は忘れましたが、どなたか日本の方が、そういうインドの仙人の方々との遭遇体験談を書かれた本を読んだことがあります。 自分の将来まで予測され、しかも地上に生きているすべての人間のことが、アガスティアの葉にびっしりと書かれてあるとすれば、誰でも興味は魅かれるものです。 しかし、そんなことは可能でしょうか。 わたしは全面否定もしなければ、全面肯定もいたしません。 理解の仕方だと思います。 その本を読んだ時、『まず占いというものの原点がここにある』と思ったことです。 地上に60億以上の人間がいる。 それなら、60億以上のアガスティアの葉が保管されているのか、これから産まれてくる者の葉は既にあるのか、死んだ者の葉はどこに行くのか。 こんなことを考えていると、限りが無い訳です。 ある教団の教祖さま−教祖ではなく、当初は主宰と言っていたのが、今では総裁に変わったようですが−のお話だと、人間の魂は400億あって、その内の63億の魂が地上の人間の中に宿っていて、残りは、あの世で生活しているようです。 そうしますと、アガスティアの葉は400億枚あるという単純計算になる。 この中から、自分のことを書いた1枚を探し出すのは大変な作業が要るでしょう。 コンピュ−タなら簡単に検索出来ますが、神社にあるおみくじが400億種類もあって、その番号を筒の中から1本引っ張り出し、その番号を巫女さんに伝えると、巫女さんは、また400億種類のおみくじを1枚1枚置いてある棚から引っ張り出す。考えただけで、正月を何十回迎えても、なかなか探し出せるものではないでしょう。 要は、そんな馬鹿げた話を鵜呑みにする方が愚かであると思います。 やっておられる仙人も総裁さんも立派な商いでしょうから、自分の売る商品を出来るだけ価値あるもののように見せかけるのは仕方ないと思います。 買う側のわたしたちが、その商品をどのように理解、把握するかが大事なのではないでしょうか。 ところが鵜呑みにする方々が、1億ちょっとしかいないこの国に2億以上いらっしゃるらしいのです。 宗教法人として認知されている団体が20万以上あって、そのすべての教団が申告している信者総数が2億を超えているのです。 これだけで、普通の知性を持っておられる方なら、宗教団体の本質を見抜けるはずだと、わたしは思うのです。 アガスティアの葉について話を戻しますが、先ほど話をした神社のおみくじと基本的には同じであると思います。 いろいろな占いがありますが、結局の処、おみくじと何ら変わらないのです。 おみくじなら1枚100円−最近では、高速道路の料金と同じで、知らぬ間にどんどん値上がりされて、大勢の人間から小さく搾取するのが錬金術の極意で、それを見習って200円に値上げしている神社も沢山ありますが−で済むのに、何千円も払って占いをして貰っている方が結構いるようです。 これすべて、大勢いる凡人の弱みにつけ込んだ巧妙な金儲けであり、買う側がもっと賢くならなければなりません。 本題は、そんな人間社会のメカニズムの話ではなく、アガスティアの葉は一体何種類あるのかという話であります。 無限ではないことは確かでしょう。 400億枚もないでしょう。 世界の全人口の63億枚もないでしょう。 400億枚、63億枚という嵩は、どれだけのものでしょうか。 嵩以上に、問題は、その中からどうやって1枚を引き抜くかであり、まず不可能でしょう。 要は、ある程度限られた枚数だということです。 ということは、一枚のアガスティアの葉で複数の人間の前世と後世を示しておるわけです。 それをまた信じる人間がこの国に沢山いるから、サイババ・ツアーまで生まれる。ばかばかしいにも程があります。 結局、人間が生きていて体験すること、知ること、記憶すること・・・は大体、みんな同じであるということが結論であります。 みんな一緒なのであります。 一生を結果として精算してみると、 幸福な方と不幸な方がいるわけでもない。 金持ちと貧乏な方がいるわけでもない。 成功した方と失敗した方がいるわけでもない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 みんな、同じであるのです。 このことを、それぞれの人間が肝に銘じておくべきであります。 人間社会にある、理由のない争い、軋轢、相克などが生じる原因はすべて、みんな同じという真理を見逃しているからです。 ややこしい教えや真理など要りません。 人間みんな同じ。 これが、我々人間にとって最も崇高な真理であります。 その境地に至るまでには、やはり努力が要る。 何も努力しないで、体感は出来ないと思いますが、結論は、はっきりしているのですから、気を楽に持って生きていくことです。 |