一期一会  三十の日

日本人の特質について、お話したいと思います。
地理的要件、気候的要件、歴史的要件。
この三つの要件によって、民族の特性が長い時間を経て形成されていく。
大きな太平洋の西の端でもあり、大きなユーラシア大陸の東の端でもある日本列島は極めて特異な位置であります。
しかも、海と陸のどちらにも帰属していない形態で存在する。
気候的には、地球の自転による偏西風の起点にあり、また帰点でもある故に、モンスーンの最終到達点である日本列島は、暖流と寒流の交差する位置でもあります。
人類の発祥要因は、陸と海とに両接していることであり、人類発祥の地メソポタミアにおいて、アーリア系白人種、モンゴロイド系黄色人種、アフリカ系黒人種が交錯したのは必然であり、その結果初の民族、シュメールがこの地で誕生したのです。
我々の国・日本の原日本人も、このシュメールが出発点であります。
従って、日本の特性の源流はメソポタミア地方のシュメールにあることを忘れてはいけません。
日本列島が先なのか、メソポタミアが先なのか、いろいろな説がありますが、どちらが先かどうかは、現代に生きるわたしたちには、何の関係もありません。
大事なのは、共有する特性を認識することです。
宮下文書という古い文献では、日本の富士山の麓に、人類初の文明が起こったと書かれています。
その内容が、メソポタミアの伝説と酷似しているところが面白い。
そういった経緯の中で、日本人の特性が培われてきたのです。
そしてそれを明確化したのが、聖徳太子の十七条憲法であり、ハムラビ法典であります。
これすべて、文明の原点である農耕型生活スタイルの為せるわざなのです。
狩猟型生活スタイルから農耕型生活スタイルに、人間だけが変わった。
エデンの園からの追放は、ある意味では、人類という哺乳動物が、人間という万物の霊長に変化したと理解していいでしょう。
それが狩猟型生活スタイルから、農耕型生活スタイルに変わったことに外ならない訳です。
しかしながら、このスタイルに到達した民族は、未だに極めて少なく、まだ狩猟型生活スタイルの民族が大半であるのが現実の人間社会なのです。
一種、奇異に見られる、日本人の特異質は、稀少である故なのであって、そのエッセンスが聖徳太子の十七条憲法にあることを見逃してはなりません。
「和を以って貴し」だけでなく十七の精神を、ひとつひとつ消化していくのが、我々日本人の責務だと考えています。
ここでは、十七条のひとつひとつを紹介することは出来ませんが、わたしのホームページにある作品集の中に、「日本語が壊れていく」という作品があります。
そこに詳しく書いてありますので、ホームページ上で読んでください。