一期一会  四の日

最近の世界の変化に、かつては世界の先頭を走って来た日本が、今ではついて行くことさえ出来ないでいる。
もちろん、一部では依然先進性を発揮している分野もありますが、それは日本が近代国家としては、まだ開発途上の時代においても、湯川秀樹博士がノーベル賞を受賞したことがあったわけです。
国の先進性の基準というのは、いろいろな分野に細分化されますが、結局の処は、その国民のレベルが世界の中において模範になり、世界の国から目標にされるような国を先進国と言われるのです。
そういう点においては、現在の日本はおよそ先進国とはとうてい言えないのではないでしょうか。
経済力においては、既に世界のランクで30位辺りに位置づけられているのですから、これも先進国とは言えない。
GNP(国民総生産)では依然、アメリカに継ぐ世界第二位を誇っていると言われるかも知れませんが、かつての冷戦時代のソ連は、GNPではアメリカに継ぐ規模を誇っていましたが、その内実は、世界の先端を切る技術力からは程遠く遅れていた結果、その後、坂をころげ落ちていき、最後には国家までなくなってしまったわけです。
一時は、宇宙開発競争において、アメリカを凌いでいた国であったのにも拘らずであります。
当時のソ連に何度か行ったことがありますが、とにかく国民が暗い。
かつての毛沢東の時代の中国も、国民が暗い。愛想が極端に悪く、笑うのが損だと思っているのではないかと思うものでした。
そして、その兆候は首都のモスクワや北京ほどひどい。
田舎に行くと、そんなことはなく、やはり素朴で人間味がある。
今の中国はみなさんも結構行かれているから、よくご存知でしょうが、コマーシャリズムが一般化して、みんな愛想がいい。
一方、日本は逆行している。
笑いが、日本国民から消えてしまっている。
怒りも消え、笑いも消え、それはまるでかつてのソ連や中国の様相そのものにどんどんなっている。
そしてテレビなどマスコミ世界では、レベルの低い番組で、国民の皮相的な笑いを得ようとする傾向がますます助長している。
わたしは、以前から、日本という国は、もはやアメリカを真似てついて行く国ではなく、ソ連のあとを追っている国であると申してきました。
ソ連という国は既に消えてなくなっているのに、依然、亡霊のソ連を追いかけているのが、わが国であります。
その原因ははっきりしています。
国家官僚、つまり役人の支配する国であるからです。
役人は公僕であります。これがはっきりしている国が先進国家なのです。
公僕が公を支配するのが、専制共産主義国家であったのです。
軍国主義国家もそのひとつでしょう。
この蟻地獄に陥った日本をどうすればいいのか。
やはり基本に立ち帰るしか方法はないでしょう。
国民ひとりひとりが自覚して、まず自分の精神性を向上させていくしか道はないと思います。
政治が悪い。確かにそうです。
役人が悪い。確かにそうです。
しかしその前に、我々国民が一番悪いのです。
一丸という言葉があります。
国が栄え、国民が活き活きとしている国は、みんな自然に一丸となっています。
一丸とはまず自分から行動をしていくことであります。
他人が行動するのを待っているのでは一丸にはなれません。
世界の国は、経済的先進国家も、文化的先進国家も、みんな国民が一丸となっているのが二十一世紀に入ってからの大きな変化であります。
開発途上国と言われた国でも、発展している国の国民は一丸となっています。
その代表が中国でしょう。
いろいろ問題点はありますが、それは人間社会である以上、必要悪的一面は避けられません。
それよりも国民に活気があって一丸となっている。
この違いの根本原因は一体何であるのか。
もちろん貧すれば貪するで、今の日本は精神的に貧している。
だから、他人の事など構っていられず、我が事ばかりに腐心する結果貪するのですが、この根本原因は、自己喪失にあると、わたしは考えています。
自己を失っている。
自己を失う前に、自己を忘却している。
忘却から喪失。これは必然の道であります。
今の日本国民は、自己を忘却するのを通り過ぎて、自己を喪失していると、わたしは思います。
家でみんなが、テレビのスィッチを無意識に入れて、ただ無意識に画面だけを追いかけている姿は、まさに自己を喪失している夢遊病患者であります。
従って、今の日本人に一番重要なことは、失った自己を想い起すことであります。
自己想起と言う言葉が心理学であります。
毎日、決められた時、場所で、独りで、「わたしは一体誰?」と問いかけてみることから始めるべきでしょう。
三ヶ月もすれば、忘れ、失っていた自己が、まさに惹起してくるかの如く想い起す自分に感動を憶えることが出来るでしょう。
それが広がっていくしか、坂をころげ落ちていくわが国を止める方策は無いと思います。
政治がどんな政策をやっても、まったく無意味であることは、既に解ったはずであります。
まず自己想起から始めましょう。