一期一会  四十九の日

人間の苦悩というものは、ほとんど自分の心がつくり出しているもので、外部環境の変化によって起こるように思えても、結局は自分の心の変化がまず起こることが原因であります。
ですから、自分の心をしっかりと持っていれば、心が揺れ動くことはなく、苦悩も生じないのですが、心は揺れ動くのが、その本質であるのですから、人間という生き物は苦悩する生き物であるのです。
だから、宗教というものが誕生したのでしょう。
人間から苦悩や不安といったものを取り除いてやることが出来たら、神や宗教というものも不要であったはずです。
結局、ひとり芝居しておるのが、その実相であるのです。
芝居なら、芝居に徹してやれば、見事な演技ができるのであって、それはそれなりに納得できるのではないかと思うのですが。
それでは見事な演技をするとは、どういうことでしょうか。
大根役者という言葉があります。下手な演技をする者を指すわけですが、大根とは、まっすぐ白い太い、何の変哲もないことを象徴している訳で、メリハリが無いことを意味しています。
見事な演技をするということは、メリハリの利いた芝居をすることです。
単調な一本調子でない芝居をしなければなりません。
結局、観る者をわくわくさせようとするなら、山あり谷ありの、悲喜こもごもの芝居でないと駄目なわけです。
ところがその観客が自分であり、その自分が変化を好まなければ、芝居をしている自分は、どうしていいのか解らなくなってしまいます。
これが分裂状態の実態であるのです。
従って、プロの役者になりたいならば、つまり人生の達人になる為には、分裂状態、つまり苦悩するのが必須条件であることを、よく認識しておくことです。
苦悩する芝居をしていて、実際に苦悩する。
やはりプロになるのは大変な労力が要るようであります。