一期一会  五十の日

今年も、あと10日余りとなりましたが、正に、"光陰矢の如し"でありました。
特に、5月にポーランドのクラクフという古都に行った時から書き始めました、『神はすぐ傍』は、「時間」をテーマにしたもので、いろいろな角度から時間というものの実体を検証したお陰で、読者のみなさまよりも、書いた本人が一番勉強を致しました。
読書をすることは、20才代から本を最も大切な友人と思って生きてきましたから、多くを学ばせてもらった効果は言うまでも無いことだと思っていました。
しかし、自分で本を書くということが、読書するよりも数倍勉強になり、しかも身につくことの大きさに気づかされたことは、50数年間の人生で初めて知ったことでありました。
わたしは今でも、自分をプロの作家だとは思っていません。
出版された自分の本を読んでいて、"こんな幼稚な文をよく平気で本にして、恥ずかしくないのか!"と、いつも辛辣な自分に怒鳴られています。
日課の一つとして、朝の散歩から帰ってきてシャワーを浴びる前の30分程、ある哲学者の英語の本を読みます。
文章というより、語り口調の本でありますが、実にシンプルで簡潔明瞭な文章であり、読む度に、自分の文章の稚拙さを思い知らされているからだと思います。
就寝する前に、自分の本を読むと嫌になることばかりであります。
しかし、文を書くと非常に勉強になることは確かであります。
勉強になることを、良い事だと思われない方はいらっしゃらないと思っていたのですが、どうも最近の日本という国の風潮が、極端な拝金主義に陥ってしまった結果、お金になることが良いことで、勉強になっても、お金に換算できないものに価値を見出されない人たちが多くて、それが活字離れとなっているように思うのです。
何故、このような国になってしまったのでしょうか。
バール信仰と言って、モーゼがシナイ山から十戒の石板を持ち帰ったら、自分の民たちが、偶像崇拝に陥っていた。
黄金で動物の像をつくり、それを神の化身と思わせ、享楽に耽る人たち。
モーゼは、彼らに鉄槌を与え、神との約束をする選民に値しない人間を篩にかけます。
今、日本人は篩にかけられているのではないでしょうか。
少なくとも、自分だけは、その感覚でいなければならない。
『他人がそうでないなら、そう思っても無駄だ!』
これが、バール信仰の正体であります。
『先ず、自分だけでも』
これが、篩を通過した真の選ばれた人間であるのです。
人間社会が、自分達で勝手に決めたルールを見直す時期が到来したことを、今こそ認識すべきであります。
法律を破ることを唱導するつもりはありませんが、法律は法律をつくった人間に都合の良いようになっているものです。
歴史が、歴史を書いた人間に都合の良いように書かれているのとまったく同じであることを知らなければなりません。
自然のルールをもっとよく知ることが、真の勉強であります。
わたしは、この1年学んだことで一番良かったことは、人間の決めたルールほど、いい加減なものはないのに、それを神から与えられたように思い込んでいる人間の多いことを知ったことであります。
昨年書いた作品でありながら、「鬼神」を再配信しましたのも、新しい人間の掟は、自然の掟に添ったものが基本であるべきことを確信したからであります。
現在の、人間社会にある憲法や法律といったルールは、絶対に人間が遵守しなければならない掟からすれば、必要十分条件を満たしてはおりません。
従って、積極的に破るわけではありませんが、少なくとも盲信してはいけない、絶対に守るべき質のルールではないと、はっきり言えると思うのです。
それは過去の歴史を紐解けば、一目瞭然であります。
法律をつくった人間が、都合が悪くなれば、率先して法律を破ってきたのが、人間の歴史であり、その最たるものが、戦争であります。
戦争になれば、ルールなどあって無きものであることは言うまでもありません。
人間の住む所を攻撃してはならないのが、国際法での戦争のルールであります。
しかし、原爆を落としたのは、人間の住んでいる真只中でありました。
法律など、所詮そんなものであります。
経済における法律もたくさんありますが、これからの世界は、これらの法律が、国内においても、世界においても、法律をつくった政治家や役人によって、どんどん破られていくことになるでしょう。
そして真面目に、彼らのつくった法律を守ってきた一般大衆が、そのお釣を支払わされる羽目になるでしょう。
税金というのは、国家運営を役人に任せた国民が支払う委託代金であります。
国家運営を真面目に果たしていないのに、代金を払う必要が何処にありましょうか。
ましてや、税金を我が物のようにしておる役人に、何故支払う必要があるのか、わたしにはまったく納得できません。
年末になりますと、あっちこっちの道路が大渋滞に見舞われます。
その大きな理由は、年度末予算を消化しようと、補修する必要のない道路を堀起こす工事をしておるからで、最近とみに目立ちますのは、道路工事に携わっている現場の人間の数の多さには驚きます。
それだけ金をばら撒いておるのです。
高速道路料金を、このデフレの時代に、次から次へと勝手に値上げしては、天下り役人のポケットに流れ込んでおるのに、一般の人間は、仕方なく支払っておるのです。
今からでも遅くない。
絶対に、こんなことを許してはならないのです。