|
一期一会 六の日 今日の「一期一会六の日」を読まれるのは、月曜日でしょう。 「初の日」で書きました「ニタッ」の詩を詠まれて実践したみなさんは、月曜日の今朝、目が醒めた時に勝手に口が横に伸びニタッとなりましたでしょうか。 まだ一週間ではちょっと無理でしょうか。 出来た人は、今週は楽しい人生を送れることでしょう。 寝床の中で、あなたは独りでニタッとして生きる楽しさを満喫出来るのですが、さあ、他人と顔を会わせると、その相手の想念を受けて再び憂鬱になり、ニタッを忘れてしまいます。 電車の中で、変なおっさんや、常識も糞も一緒の女子高校生の態度を見てもニタッとするぐらいは出来るでしょうが、職場に辿り着くなり、いやな上司から相も変わらず、下らん仕事を言われると急に気も萎えてしまうでしょう。 現代日本社会の中で、最も低次元の想念が広く蔓延している処が、病院と、大企業の職場、そしてその会社の役員会をしておる会議場でしょう。 とにかく、反吐(へど)が出るほど悪い想念の磁場−磁力が無いので砂場と言った方がいいでしょう−ですから、いくらニタッと頑張っても、なかなかそれを受け入れてくれない雰囲気が漂っています。 わたしは刑務所に入ったことは、残念ながらありませんが、刑務所の方が、まだずっとましな想念場だと思います。 いくら悪辣なことをやった人間でも、物理的自由を奪われた場所で長期間拘禁されますと、否応なしに自己を見つめるようになっていきます。 ある意味で、自己想起出来る恰好の場所だとわたしは思っています。 日本の電力王と言われた松永安佐衛門という立派な方−今の財界人はこの方の爪の垢でも飲んだらどうかと思うのですが−が、「失恋、受験失敗、落第、失業、倒産、離婚、病気、そして刑務所生活を経験しないと、人間、本当の一人前になれない」と言われたそうです。 当時の刑務所に入った人たちの中には、国家権力の横暴に造反した気骨ある方々もたくさんいらっしゃったので、現代の単なる凶悪犯罪人のような畜生にも劣る連中の集まる刑務所とは違ったのでしょうが、それでも自己を見つめる場としては、酒池肉林の生臭坊主が座禅を組み、お経を唱えておる場所より、ずっと良い環境だと思います。 世界の独裁支配国家には、今でも国家権力に造反した勇気ある人間を収容するいわゆる政治犯強制収容所がいっぱいあります。 そういう収容所を、日本を支配している国家官僚が政治家に命令して国会で法律化させて、造ってくれたら、わたしは最初に手を挙げて収容してもらいに行くでしょう。 今の日本は、支配者層側から見れば、国家権力造反罪人刑務所というものが必要な国になってしまっているはずです。 ところが、彼らはそれを造ろうなんて考えたこともない。 せいぜい、住民基本台帳コードで、わたしたちを監視していれば充分だと思っているのでしょう。 ここに、この国が重い神経症にかかっている原因があると考えられるのです。 マスコミや阿呆な政治家−特にどこか世界的大都市の知事−の無知により曲げられた情報で、『ひどい国があるものだ』と、わたしたちが思い込んでいる独裁国家が、世界にはまだたくさんあります。 しかし、マスコミが喧伝するひどい国家には意外な面があって、返ってマスコミ操作する先進国家の国民よりも遥かに活き活きとした表情の国民の姿があるのを、わたしは自分の足で歩いて、見て、再認識する経験をしています。 一方、政治家やマスコミによって、良い国だと言われている国の中に、とんでもないひどい国家がたくさんあるのも、この目で見てきました。 国家に造反する人間を収容する所を持っているかどうかが、そういうひどい国家の象徴ですが、これは二十世紀の世界の話でありました。 二十一世紀になった今も、そういう国が存在するわけですが、これは論外でありまして、新しい世紀に入って、もっとひどい国が雨後のたけのこのようにあっちこっちで出現し始めています。 その象徴は、先ほどお話しましたように、国家権力に造反する人間が当然出現するはずの頽廃、腐敗した国であるのに、表面だった造反行為が起こらないから、強制収容する必要もないという体を成している国であります。 何故こういう現象が起こるのかと言いますと、二十世紀独裁国家の典型が一人の独裁者による支配であったのに対して、二十一世紀の独裁国家は一人の独裁者ではなく、集団・組織という人格の無い、目に見えないものが独裁支配するようなシステムになっているからであります。 一人の独裁者なら、その人間を排除すれば事は解決します。 しかし、システム化された組織でやられると、事は簡単に解決できません。 次から次へと、独裁組織の細胞が増えてゆくからです。 恐るべき増殖機能をもった細菌と同じであります。 今までまともな細胞であったものまで、その細菌に伝染されて仲間に組み込まれていくのですから、強制収容する必要がない巧妙さであります。 「お前は、そんな国がこの世界にあって、見たことがあるのか?」と質問される方がいらっしゃるかも知れません。 あるのです。 あなたの目の前にある国がそうなのです。 この伝染病に冒されたのは、戦後間もなくでしたが、発病したのは東京オリンピック、大阪万国博覧会、高度経済成長、バブル発生そしてその破裂であり、どんどん症状は悪化の一途を辿っているのです。 従って、伝染されてから五十五年、発病してからおよそ四十年間の慢性伝染病にかかってしまっているのです。 一億数千万という細胞のほとんどが、この細菌に冒されているのです。 「みんなで渡れば恐くない」ではありませんが、まわりがみんなそうですから、もう細菌に冒されていることすら自覚できない状態にあるのです。 永田町や霞ヶ関という、細菌が最も集中している所で、対策をいくら練っても、練れば練るほど、事はますます深刻になっていくのです。 数少ない、伝染されていない細胞は、当然のことながら難を避けるために、この国から逃げて行く現象がこれから起こっていくでしょう。 二十世紀の時代では、亡命とはまさにその字の通り命がけでしたが、二十一世紀は正々堂々と亡命する現象が起きてくるでしょう。 沖縄でアメリカに亡命したいという人が現われて話題になったことがありましたが、まんざら荒唐無稽な行動とは言えません。 そしていつか必ず、そういった組織は自らの細菌で崩壊していくわけですが、これを食い止めるには、先ほどから言っております強制収容所が要るわけです。 わたしが喜んで行きたい強制収容所は、猛毒を持った伝染力の強い細菌から逃れることのできる恰好の非難所でもあり、また自己を見つめ、本当の自己を発見出来る素晴らしい桃源郷でもあるのです。 この国を支配している組織を構成する細胞の方々にお願いしたいと思うのですが、わたしたちからまきあげた税金で、あっちこっちに新しい高速道路を建設して、わたしたちから目立たないように、またまた高速道路料金という形でこつこつまきあげ、毎日のように道路をひっくり返しては修理して渋滞というストレスをわたしたちに与えるぐらいなら、いっそ国家権力造反罪人刑務所をたくさん建設するほうに、わたしたちのお金をまわして頂きたい。 みなさん、そうは思われませんか。 その為にも、わたしたちが納めた税金の使用目的を明確にしない限り、納税拒否運動を展開していかなければなりません。 |