あけまして おめでとうございます

今年は未(ひつじ)の年です

ますます男性がおとなしく

ますます女性が手強女に

なっていくのでしょうか

映画「羊たちの沈黙」「ハンニバル」を観て、

男と女は、こんなに違うのだということを感じてください



平成十五年一月元日  新田 論
一期一会  未(ひつじ)初の日

みなさん、新年おめでとうございます。
年賀状の代わりに、「一期一会」未(ひつじ)初の日としてご挨拶申しあげます。
元旦に、一年の計を立てることは、とても大切なことであります。
人間というものは、初心をすぐに忘れてしまう、都合の好い生き物のようで、それが、地球上のすべてのものに、害をばら撒いておる最大の原因であります。
他の生き物は、動物であっても、植物であっても、鉱物であっても、自分を生み、育んでくれた地球のはじまりをしっかりと憶えているものです。
それが自然の掟として、厳然と自分たちの上に君臨していることを知っているからです。
人間だけが、それを忘れてしまっているから、自分たちの利の為には平気で地球を傷つけることをする。
それを見ている他の生き物からすれば、正に悪行三昧、極悪非道の恐ろしい化け物に映っているのです。
街場で、見るからに殺気だった顔つきをした暴力団を見ますと、己の非道を棚に上げておいて、どこから自分を殺しにくる奴がいるかも知れないと内心ではびくびくしておるから、あんな形相になるのです。
しかし、他の生き物からすれば、暴力団も普通の人間も違いありません。
暴力団は人間のつくった法律という掟を破っておるだけで、人間すべては、人間の掟・法律より遥かに重要な、自然の掟をみんな破っておるのですから、同じに見えて当然でしょう。
暴力団と普通の人間の違いよりも、人間と他の生き物との違いの方が遥かに大きいのですから、暴力団を見て、顔を歪めて、「あんな街のダニが世の中を汚しているんだ!」と、みなさんも偉そうに言える代物ではないのです。
他の生き物は、自然・地球から与えられたものを恩恵として大切にします。
人間社会も倫理観、道徳観がしっかりと根づいている時は、公共のものを大切にします。
社会が荒んできますと、自分のことだけで、他人のことを考えている余裕がなくなる結果、公共のものを大事にする精神が希薄になり、自分のものをより大事に思う−これは結果的には、自分のものも粗末に扱っているわけです−為に、意味もなく公共のものを粗末にし、傷つけるようになっていきます。
世界の街に行って、気がつくことは、公共物にペンキ落書きをしているのが目につきます。
日本においてもそうであります。
そのようなことをする連中ですが、多分、自分の家や部屋には、決してあんな落書きはしていないと思います。
自分のものと他人のものとを区別しておるのです。
差別の発生原因が、この自分と他人の間の区分けにあることを忘れてはいけません。
『差別をするから差別される』
世界で人種差別を筆頭に、いろいろな差別問題があります。
アフリカ黒人が奴隷として欧米諸国に売られていった背景には、同じ黒人仲間の間で差別が起きて、その中で強いものが弱いものを売り飛ばした結果、売った黒人も黒人として差別されるようになったのが、黒人奴隷発祥の理由であります。
『差別をするから差別される』のです。
この原則を忘れてはなりません。
差別する側が一方的に悪いように、今の世では喧伝されていますが、決してそうではありません。
やはり『差別をするから差別される』のです。
人間社会から差別問題を根絶するためには、この『差別をするから差別される』原則を絶対に外してはなりません。
差別問題にまで、元旦早々からなってしまいましたが、要は、自分のものも当然ですが、公共のものも区分けなく大切にする精神が、欠けている世相を、今年一年は、自分のものと公共のものを差別しないですべて大切にする精神に一人でも多くなる一年にしようではありませんか。
ペンキ落書きを見たら率先して消す作業をする。
ひとりひとりの手で、日本を綺麗にしていくことを今年から始めましょう。
これをするだけでも、日本は立ち直ることができるかもしれません。