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一期一会 未(ひつじ)十の日 嘘をつき 地獄へおつるものならば なきことつくる 釈迦いかにせん 悟り、禅では解脱と言い、自己という檻から自分を解放することを目指して修行する禅僧である一休さんが、仏教の開祖・釈迦をこきおろしています。 釈迦は、偏った心を持たず、常にバランスのとれた心の状態を真ん中の心、中道の精神と言い、それを目指すためには、八正道の実践を説きました。 八正道とは、正見・即ち正しい見解、正思惟・即ち正しい決意、正語・即ち正しい言葉、正業・即ち正しい行為、正命・即ち正しい生活、正精進・即ち正しい努力、正念・即ち正しい想い、正定・即ち正しい瞑想の八つの実践であります。 言うは易し、行うは難しであるのが、我々凡夫であり、凡夫故悩んでおるのに、正しい見解、正しい言葉・・・・・などと言われても、そんなことは土台無理な話であります。 正しき言葉を常に実践せねばならないのなら、人間は嘘をついてはならないということになります。 しかし嘘をつかない人間などこの世におるはずがない。 それを嘘をついては地獄へ落ちるなどと嘯かれても、そんな教えは、この世を生きる上において何の役にも立ちません。 何の役にも立たないものを、釈迦は一所懸命教えていたのなら、そんなものは、泣き言だ、戯言だと、一休さんは言っておられるのです。 そんな釈迦など、お仕置きして仕わさねばならない、と一休さんは言っておられるのです。 我々凡夫にとっては、そんなややこしい教えより、一休さんの言っておられることの方が、ずっと馴染みやすいのであります。 実践するには、しち面倒臭いことよりも、馴染みやすいものの方がずっと効果があると、わたしも思うのであります。 嘘をついたら地獄へ落ちる。 こんなことを一体誰が言い始めたのでしょうか。 大きな間違いであります。 嘘をついて他人様を天国に連れて行ってあげよう。そしてついでに自分も天国に行ける。 この方が、ずっと真理であるように思えてなりません。 発想の大転換。 今の我々には、これが一番早急の課題のように思えてなりません。 もう一度申します。 嘘をついて地獄など行きません。 |