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一期一会 未(ひつじ)十四の日 極楽も地獄も知らぬ思い出に 生まれぬさきの ものとなるべし 人間の一生は円回帰するのが原則だと申しました。 鮭は自分が産まれた川の上流の源に必ず戻り、自分の分身を産んで死んでいきます。 すべての存在するものは、やって来た源に必ず戻るのが宇宙の原則であります。 我々の宇宙が、静寂の沈黙と暗闇の絶対宇宙から誕生した瞬間(とき)、我々の宇宙は円運動し始めたのです。 始まった処に必ず戻るのが円運動であり、それによって静寂の沈黙と暗闇の無限世界から、光と音の運動する我々有限宇宙が生まれたのです。 無限世界という果てのない世界から有限の世界が誕生すると、その二つの世界を結ぶ橋は円の橋でなければなりません。 何故なら、円運動することによってしか、無限の運動を有限の中で展開できる方法がないからです。 一休さんは言われます。 あなたがこの世に生まれ落ちる以前にあった天国や地獄を思い出すことはできますか? だが、あなたは思い出すことなどできるはずがない。 それなら、そんな思い出すものなどなかったはずである。 何故なら、必ず円回帰するのが、我々が住む宇宙の原則であるならば、そして輪廻転生があるならば、前世の天国と地獄があったはずであり、あなたはそこがあなたの源であるのだから、必ず再び源へ戻って来るはず。 それなのに、あなたは前世の天国と地獄など、生まれぬさきのものとなって、存在するべくもない。 何故なら、あなたは無から生まれて有になりそして再び無に帰って行くのだから。 それは、我々の宇宙が、静寂の沈黙と暗闇の絶対無限宇宙から、光と音の調和した有限宇宙として生まれたのです。 わたしたちが戻って行く故郷は、無の世界であることを決して忘れてはなりません。 そこには天国も地獄もありません。 あるのは、この世の天国と地獄であり、それは外ならぬあなた自身が創りあげた天国と地獄であり、それは必ず円回帰する最後の点、すなわち生まれた点に戻って死ぬ際に味わう天国と地獄であります。 それなのに、この世で悪事を働くと、あの世で地獄に落ちると誰かが言った。 一体そんな不届き者は、どこの誰なのでしょう。 |