一期一会  未(ひつじ)十八の日

わが宿は はしらもたてず ふきもせず
雨にもぬれず 風もあたらず

あなたの住む家が、柱もない、ふいた屋根もないものだったら、どうしますか。
一休さんは、そうなれば雨に濡れることもないし、風に吹かれることもない、と言っておられるのですが、あなたはその真意が理解できますか。
屋根のない家なら、雨が降ったら、あなたは濡れます。
阪神大震災の時、多くの家屋の屋根が壊れ、青いテントを張って雨を凌いでおられたのを見たことがあります。
それでは、どうして一休さんは、こんな訳の判らないことを言っておられるのでしょうか。
屋根のない家なら、問題は起こる。
柱のない家なら、どうでしょう。
柱のない家など無いのです。従って屋根も在り様がない。
それでは、在り様のない家に一体どうして住むことが出来るのでしょうか。
わたしは、常々、人間の心、即ち思考というものは、雲と同じメカニズムを持っていると言ってきました。
『わたしには、素晴らしい恋人がいる』
あなたが、そう思った時、既にあなたの心は雲のようになっています。
『(わたしは)あの人が好きだ』
あなたが、純粋にそう思っている時、あなたという雲はなくて、純粋に好きと思う広大無辺な真っ青な空があるだけです。
『わたしは結婚していて主人がいて、子供もいる』
あなたが、そう思っている時、あなたという雲は真っ黒になっていて、もう間もなく雨が降り、風が吹き出すでしょう。
ほとんどの夫婦の心模様は、このような真っ黒な雲が、お互いに好きなように漂っているのです。
そして雨が降り風が吹くと、地上にある家を濡らし、揺らします。
真っ黒な雲が最初に上がってくる処が、あなたの住む家なのです。そして一緒に住むあなたの主人、あなたの奥さんを濡らし、揺らすのです。
『(わたしは)ここにいる人間が好きだ』
一つ屋根の下に住む夫婦が、お互いにそう思えば、その心の家は、正に、一休さんが言っておられる柱も屋根もない、真っ青な空という家になるのです。
真っ青な空にとっては、雨雲が雨を降らせても、真っ黒な雲が風を吹かせても、まったく濡れることも、揺れることもないのです。
しかしながら、人間は性懲りもなく雲に執着して、雨に濡れ、風に吹かれて、泣き叫んで生きておるのです。
安定を求めて雲になって、どうするのですか。
常に漂い、消えては現れる雲などに、安定など有り得ないではないですか。
ところが、あなたは安定を求めて雲になる。
これほど馬鹿げたことはありません。
安定を求めるなら、真っ青な空に同化するしかない。
ところが、あなたは真っ青な空に同化する勇気がない。
何故なら、同化した真っ青な空では、あなたという存在は消えてなくなるから。
実のところ、あなたが恐れているのは、あなたが消え去っていくことを恐れているのです。そして雲に執着する。
いい加減にしなさい。
雲に執着するなら、雨に濡れ、風に吹かれるのは当り前です。
空に同化したいなら、あなたという個は消えてなくなります。
どちらかに、はっきりしなさい。
そうしない限り、あなたは究極のあなたの消滅、つまり死の恐怖から免れることは永遠にできないのです。