一期一会  未(ひつじ)二の日

みなさん初夢は見られたでしょうか。
わたしは、最近つとに夢の内容に拘わるようになってきました。
悪夢を見ることは、やはり嫌な、じめじめした不安な人生を送っていることに外ならないと思うからです。
今年の初夢は朝、目が醒めた時に忘れていましたので、元日の夜の夢を初夢だと心して床に就こうと思っています。
いや、ちょっと待ってください!
少し思い出してきました。
わたしの書いた作品のどれかは判りませんが、多分「ルノーの妹」だと思いますが、映画の打ちあわせをしていました。
みなさん、協力的で、原作者などはクランクインすればお呼びでないのですが、監督、プロデューサーから是非とも立ち合って欲しいという要請があってのことです。
「そこは、違います!」
わたしは叫んでいるのですが、誰も気付かないのです。
いらいらするわたしは、『こんなままで映画にされたら、この原作の意図とまったく違うものになってしまう!』と夢の中、自分が心の中で囁いているのです。
そこで目が醒めたようです。
わたしとしては、悪夢ではなく、結構楽しい夢だったように思っています。
そこで、今晩床に就く時も、続きの夢を見たいので、今日一日は四六時中、夢でみた内容を忘れずに過ごしてみたいと考えています。
人間には、人生の中で何ヶ所か節目があります。
竹があれだけ急激に成長しても、きっちりと節目を持って成長しています。
地中にいる竹の子が地上に顔を現わしてから、一ヶ月ほどで、他の成長した大人の竹と変わらない程の大きさになります。
生まれたてなので、色がまだ青い点で今年のものかを判断できます。
それと竹の特徴は、冬になると空にむかって真直に背筋を伸ばした如く、天に向かって、伸びていこうとします。
この傾向は、11月頃から上部になればなるほど、重さの影響を受け、横若しくは下に垂れ下がっているのですが、冬になりますと、一本一本の竹が競って天に背伸びするかの如くピンッと伸びていきます。
竹の一生は、体躯的には最初の数ヶ月で大人の域に達しますが、それから内面の成長に入っていき、それは徐々に、誰にも気付かれずに変貌していっている姿を見ることができます。
わたしは毎朝、瞑想をする部屋から天神社の竹の杜がみえます。
毎年、正確無比に、その姿の変化を見せてくれます。
もうまもなく20年になりますが、竹一本一本をきっちり知っていて、日々の変化を知ることができます。
そうしますと、その竹たちと会話できるようになってきます。
今年は、この竹達と同じ想いで、同じ行動をしてみる。
これが、わたしの一年の計としました。
さて、今晩の初夢はなんと出てくるか、楽しみで仕方ありません。