一期一会  未(ひつじ)二十二の日(その一)

釈迦もまた 阿弥陀ももとは 人ぞかし
われもかたちは 人にあらすや

阿弥陀とは、インドの凡語(サンスクリット語)で「アミダーブ」という言葉を表音文字にした日本語で、「解脱者」、「悟りし人」という意味です。
すなわち、お釈迦さんという、悟りを開く前の王国のプリンスも、悟りを開いたお釈迦さんの阿弥陀も、両方共同じ人間であり、我々凡人の人間と何にも変わりはない。
一休さんは、そう我々に言っておられるのです。
宗教とは、神の概念をつくり、人間は、彼等がつくった神に服従しなければならないと主張しているものであります。
自ら、奴隷をつくり、宗教という牢に監禁し、法律という教義(ドグマ)をつくって、牢の中での掟をつくって、教祖自らが牢名主となって君臨しておるのが、その実態であります。
ドイツに生まれたフリードリッヒ・ニーチェは、その著『ツァラストラはかく語りき』で『神は死んだ、わたしたちは神を殺さなければならなかった』と声明しました。
キリスト教という大刑務所をつくり、聖書の中の都合のいい箇所だけを引用して、刑務所内の掟をつくり、自ら刑務所長となったバチカンに対して、刑務所の収容奴隷には、我々はもうならない。神の名の下の、そんなカラクリには騙されず、人間の尊厳の原点である自由を神から奪回するために、神を殺さなければならない。そして遂に神は死んだ。
そうニーチェは言ったのです。
正面から、真摯に受けとめますと、わたしもニーチェの主張に賛同したいと思うのです。
信仰心は大切だとは思いますが、組織化した宗教は信仰心とは別ものであるのは、日本にも何万とある宗教組織を見れば一目瞭然であります。
それらはビジネスそのものであり、中小企業から大企業まであるように、宗教組織にも、中小企業から、キリスト教やイスラム教のような超大企業、政党まで擁している宗教組織のような、新興大企業など千差万別であります。
この観点から、わたしはニーチェの声明は的を得て、勇気のあるものだと思います。
しかし、彼の時代背景を考えますと、マルクスが『資本論』で超唯物思想の共産主義を展開し、『宗教は麻薬である』と断言したのと呼応していたとするなら、ニーチェの声明を素直には受けとめられないのであります。
人間の心は、実は、お釈迦さんや一休さんが言われているように極めてシンプルなものなのですが、それを宗教が無理やり複雑怪奇にしていることは、確かであり、凡夫である一般大衆の弱さに付け込んだ悪どいビジネスである点では、ニーチェに賛同するのですが、やはり彼の背景に、何か嫌な匂いがすると思うのは、わたしだけでしょうか。
クラシック音楽の大家たちも、ルネッサンス芸術の大家たちも、結局は当時の王家や貴族という支配層をパトロンにしていたところが、芸術の純粋性において、やはり嫌な匂いがするのですが、これが人間の醜い一面であるのかも知れません。
共産主義思想は、正に、この人間のアキレス腱を悪用した宗教であると、わたしは思うのです。
冷戦とは、所詮、宗教戦争と経済戦争という二面を背景に持って、表面では政治的イデオロギーの戦いであったのが真相でありましょう。
そういう点では、20世紀の冷戦は、第二次世界大戦よりも大きな犠牲を生んだと思うのです。
まったく無意味な戦いであり、その背景で、ベルリンの壁や、東欧諸国の惨劇、南北朝鮮問題などが発生したのは、人類にとって大きな悲劇だと言えるでしょう。
ニーチェの、『神は死んだ』を如何に受けとめたらいいのか、それが21世紀に生きる我々人類の大きな課題であるのです。
その時、一休さんの、五七五七七の狂歌にこめられたSimplicityが燦然と輝いているように思うのです。


一期一会  未(ひつじ)二十二の日(その二)

わたしがイスラエルのイェルサレムを初めて訪れたのは31年前で、ヨルダンの首都アンマンでビザを発行してもらい、パスポートにスタンプをおすビザではなく、別の紙でもらったのです。
そして車で、アンマン郊外から、死海を眺めながらヨルダン国境に着いて、出国手続きをしていたら、急にオフィサーが、わたしを部屋の中に引っ張り込み、『お前は、ウェストバンクに行ったことはあるか?』と上から見下ろすように質問してくるのです。
ウェストバンクの意味が解らずに、答えに窮していますと、もうひとつ奥の部屋に引っ張り込まれたのです。
『これは、ちょっとヤバイな!』
わたしの危険予知アンテナが働きました。
『イエス』か『ノー』の丁半博打の様相になってしまい、生来博打好きなわたしの経験から、こういう場合は、『ノー』と答えるのが定石であることを知っていましたので、『ノー』と答え、難を逃れることができました。
『イエス』と答えていたら、1週間の牢獄生活が待ち受けていたのです。
以前にも、サウジアラビアで、パスポート不所持で1週間収容された経験があり、危うく男を廃業させられそうになった経験のお陰で、直感を鋭利にしていたのだと思います。
ウェストバンクというのは、どこかの銀行の名前なのではなく、ヨルダン河の西側、すなわちイスラエル領内を意味していたのです。
ヨルダン河を挟んで、西側と東側でイスラエルとパレスチナが対峙している戦略地点であったことなど、当時のわたしは全く知りませんでした。
無知が如何に危険なことか、特に中東の砂漠の世界では、無知イコール即死であることを思い知らされたのです。
『それに比べて、日本という国はなんと平和ボケの国なのか』と溜息をつきました。
ところが、つい最近、わたしの先輩から、福沢諭吉の『心訓』七条を披露して頂きまして、その二項にこういうのがあり、『なるほど、どこでも真理はひとつだ』と意を強くしたのです。
そこにはこう書いてありました。
「人間にとって最も悲しいことは、教養のないことである」