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一期一会 未(ひつじ)二十八の日(その一) 傀儡師 首にかけたる 人形箱 鬼をださふと 仏ださふと 傀儡師とは、人間の心のことを指しています。 人間は、常に首に魔法の人形箱をかけて、手品を自分にかける。 その魔法の人形箱から、鬼を出そうと思えば鬼は出てくる、仏を出そうと思えば仏が出てくる。 要するに、人間が心で思ったことは、その通りに必ず実現する。 それは、あなた自身が望んでいたものであっても、望んでいなかったものであっても、心で思ったこと、それを思い続けることで、その「想い」は必ず、本当のあなたでない、傀儡の心が首にかけている魔法の箱から、手品のように、鬼でも仏でも出してくるものなのです。 中世ヨーロッパ社会で発生した黒死病(ペスト)は、当時殆どの人々の死因となりました。 ペスト以外で死ぬことは、戦での殺し合いだけであったのです。しかもその戦は、領土争いではなく、宗教戦争であった点を見逃してはなりません。 つまり心の問題が戦にまで発展していった結果の殺し合いをしたのです。 ペストは、暗黒のヨーロッパ中世社会が生んだ、心の病気であります。 もちろん伝染病であったのでしょうが、伝染病といえども、結局は心が創ったものであったのです。 その証拠に、暗黒の中世が終わると同時にペストはこの世から消えていきました。 そこで現代社会を俯瞰してみますと、癌という病気は宛ら、中世暗黒ヨーロッパ社会の黒死病(ペスト)ではないかと思うのです。 ほんの10年程前までは、新聞紙で偉い方の死亡記事での死因は、多種多様でありました。 心臓病、脳障害、その他所謂成人病の類がたくさんありましたが、今では、ほぼ100%近く、亡くなられた方の死因は癌であります。 中世暗黒ヨーロッパ社会の人々は、死ぬなら黒死病だと思っていたようで、それぐらい多くの人々が、この病で亡くなっていったのです。 何故、この病気が、あの時代に流行したのか、原因は定かではありませんが、通説では、ねずみが持つペスト菌がその伝染の原因だと言われているのです。 癌という病気は、伝染病ではありませんが、最近の死因のほとんどが癌である現象は、単なる難病では済まされないような気がするのです。 精神世界のことに無知な臨床医学者に因る対症療法の極みが一つの原因であるでしょう。 ここが痛いと言えば、その痛みを取り除く、新しい抗癌剤がつくり出され、次から次へと抗癌剤がつくられ、今では百種類を超える抗癌剤がある。 わたしが考えるに、癌で亡くなった方々の死因は癌ではなく、抗癌剤の副作用死、若しくは癌細胞摘出手術による肉体の弱体化による死亡が、直接の死因であると断言していいのではないでしょうか。 癌は飽くまで、きっかけであるような気がしてなりません。 そのきっかけをつくるのが、病院の検査ビジネスであります。 早期発見が癌根治の決め手と、専門家の医者から囃し立てられ、高い料金の検査をさせられ、挙げ句の果てに、晴れて癌発見。そこからいよいよ手術か抗癌剤投与。そして本人も家族も苦しみ抜いた末に、本人は晴れて死亡、家族は精神障害。 もういい加減に自覚しなければなりません。 病は100%、心の人形箱から出た鬼がつくったものであることを、我々一人一人がしっかりと認識すれば、現代の黒死病は消滅していきます。 一休さんは、すべての原因は、本当の自分ではない心の為せる業であると言っておられるのです。 一期一会 未(ひつじ)二十八の日(その二) わたしの父は、一昨年98才で大往生しました。 いつもの通りに、寝床に就いた睡眠が、そのままあの世への旅立ちとなったのです。 実に穏やかな死でありました。 母は平成元年に長年のパーキンソン氏病で亡くなったのですが、薄幸の人生であったように思えてならないのに、父はやりたい放題の挙げ句の極楽往生でありました。 一見、人生平等でないように思えます。 しかし、気持ちの持ち様が違っていたのです。 母は、自分の一生が薄幸であった故、子供たちに自分の総てを愛情として注ぎました。 父は、幸運な人生であった故に、子供たちも同じ人生を歩めるはずだと思って、心配せずに、自分の人生を精一杯生きてきました。 正に両親の最期に臨んでの様相に、二人の心の持ち方がそのまま生きざまとして顕れたのではないかと思うのです。 親兄弟、夫婦といえど、他人であります。この他人というのは、自分の人生は自分だけのものでしかないという意味での他人であります。 それでは、結局の処、自分の人生の結果は100%、自分の気持ち、つまり心の持ち様によって展開されてきたものであることを自覚しなければなりません。 父は、確かに一見自己中心的であったように思えます。 母は、もう滅私奉公そのものの女性でありましたが、晩年、「死ぬのが怖い!」と愚痴ではありませんが、泣き言をよく言っていました。 やはり、福澤諭吉の心訓 『世の中で一番尊いことは 人のために奉仕して決して恩に着せないことである』 の境地になるのは至難の業なのでしょうか。 しかし、父の口から愚痴を聞いたことは一度もありません。常に前に向かっていました。 わたしが高校生の頃に、山篭りをさせてくれたのも父でした。 器械体操を極めたいと言えば、すぐに庭に、本格的な鉄棒や吊り輪を設置してくれました。 前向きに生きる姿勢には、全面協力をしてくれました。 本人がそういう生き方をして来たからでしょう。 わたしの人間形成の過程で、両親から受けた影響は甚大なものであり、その殆どは、心の姿勢の在り方だったと思うのです。 決して、「かく在るべき」「こうすべき」などと教訓的な言葉ではなく、小さな行動で示してくれたような気がします。 現代の子供たちは、そういう点において可哀想なものであります。 |