一期一会  未(ひつじ)三十一の日(その一)

見るごとに みなそのままの すがたかな
柳はみどり 花はくれない

美しい女性に出会うと、あなたはその女性に恋をする。
逞しい男性に出会うと、あなたはその男性に恋をする。
しかし、恋するあなたは一体誰ですか。
美しい女性。
逞しい男性。
それらは、あなたの目を通して知覚したもの。
あなたの目で知覚したものは、ただ美しい。
あなたの目で知覚したものは、ただ逞しい。
あなたの目が知覚したものが、脳を通して確認するにはパスワードが要る。
脳が確認するパスワードは、"わたしのもの"か"わたしのものではない"のどちらかしかない。
そこで、あなたは美しさを失う。
そこで、あなたは逞しさを失う。
美しさを失うとは、この知覚を失うこと。
美しさそのものは、永遠に変わらない。変わるのは、あなたの脳を通して確認した心だけ。
逞しさを失うとは、この知覚を失うこと。
逞しさそのものは、永遠に変わらない。変わるのは、あなたの脳を通して確認した心だけ。
何故なら、パスワードをパスすることは、あなたがあなたであることを証明すること。
パスワードはあなたの偽のID。
パスワードはあなたのfakeなID。
ますます情報化時代になっていく現代社会。
高度情報化を標榜して、人間をID化する21世紀という時代は、本当の自分を発見することがますます困難な、人間受難の時代になって来たということであります。

一期一会  未(ひつじ)三十一の日(その二)

一休さんが、今から600年も前の室町時代に、88才の長寿を全うしたのは、奇跡としか言えないのではないでしょうか。
余程、節度ある生活をしないと、現代社会においても、これだけの長寿は困難であるのに、600年前の時代において可能にしたのは、やはり精神面の強靭さがあったからではないかと思うのです。
わたしは、最近つくづく思うのですが、月並みな言葉でありますが、病は気から起こることは、100%間違いないようです。
極端に言えば、事故で怪我をするのも、気が原因だと思うようになってきました。
だからと言って、気功術を唱導しているわけではありません。
確かに、宇宙に遍在するエネルギーこそ気であるかもしれません。
昔から、東洋医学では、気の道、血の道、水の道と言います。
わたしが、海外の仕事をしていた時に、自律神経失調症になったことがありますが、その時、神戸の漢方医に診てもらったことがあります。
わたしの腹を診て、「あんた気が上がっているわ。それが原因や」と言われたのです。
その漢方医の話では、「気が上がると病気になるから、常に気を下げておいた方がいい。一方、血は下がると病気になるので、血は常に上げておいた方がいい」
と言うのです。
女の方が、お産をした後、血の道に気をつけないといけないと昔から言われているのは、このことを指しているようで、お産をした後は、母親の体の血は、生まれた赤ん坊と一緒に、すべて新しい血と入れ換わるので、血が下がり易いというのです。
その時に、母親に問題が起こる原因の殆どは、情緒不安定であるようです。
やはり、気が病の原因であるのです。
わたしの言っておる気の問題は、気持ちの問題を言っているのであって、気功の気のことを言っているのではありません。
如何に気の持ち様を強くするか。
いろいろ紆余曲折はありましたが、わたしの経験では、やはり本当の自己を発見するしかないというのが結論であります。
悟りを開くなどと、大上段に構えた言い方はいたしませんが、病気になりたくないなら、悟りを開くのが最終的病苦からの解決法であると言えるでしょう。
お釈迦さんも82才の長寿だったようです。
昔の立派なお坊さんは、みんな長寿でしかも大往生されています。
悟りという健康法を修行によって身につけておられたからだと思います。
この混沌とした世の中で、小さな幸せに浸りながら生きていくには、先ず健康が必須条件であります。
健康の為にも、強い気持ちを持つよう心がけて生きねばなりません。