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一期一会 未(ひつじ)三十三の日(その一) べちのこと なきぞといふも はやそむく つひにいひえぬ だるま一休 (わたしが、)精神性の向上を探求すればするほど、自我意識はより巧妙で、洗練された自我意識になっていくと(申しましたことを)一休さんは言っておられるのです。 ここでも、(わたしが、)、(申しましたことを)を挿入すると、わたしの自我意識が強く顕れることは、読者のみなさんが一番感じられることでしょう。 『べちのこと』とは特別なことと言う意味でありまして、特別でないと言うことも、やはり特別なことと言っておるわけでして、そこで本来の真理から、かけ離れてしまっておるのです。 悟りを開いたという自我意識もさることながら、悟りを開いていないと言うことによって、悟りの本質から逸脱してしまっているのです。 「真理は語ることはできない。語れるものは真理ではない」と言う老子の言葉が、重みを増して来るのです。 そうしますと、悟りの権化のような達磨禅師も、煩悩の真只中にいる、この一休も、何も言えぬ同じ凡夫である。 釈迦も達磨も一休も、みんな同じ凡夫であると言っておられる。 これだけ、情報化社会になりますと、発信頻度の多少が、その人間の価値を決めてしまう傾向がますます強くなっていきます。 釈迦の時代も、達磨の時代も、一休の時代も、そういう点においては幸運であったと言えるでしょう。 『つひにいひえぬ』機会が、余りにも少ない現代社会であります。 一期一会 未(ひつじ)三十三の日(その二) わたしが、チェコのプラハに滞在していた時の話です。 有名なカレル橋を渡るとプラハ城に通じるのですが、その手前にユダヤ人街があります。 13世紀以降、ヨーロッパに散在したユダヤ人たちは、それぞれの国の経済力を握り、その金力で以って支配階級に食い込んでいきました。 プラハのユダヤ人街のど真ん中に、インターコンチネンタルというホテルがありまして、わたしのチェコでの常宿にしていました。 ある日、近くのシナゴーグ(ユダヤ教の教会)でお祈りを済ませたラビが、インターコンチに来て朝食を取っているところに出食わしたのです。 姿格好で、すぐにユダヤ教のラビだと判るのですが、彼らは食事にも厳しい制限があると聞いていたのですが、ウェスタンスタイルのホテルの朝食を平気で食べているのです。 わたしのプラハの知人にもたくさんユダヤ人がいて、たまたまわたしと一緒にいたのです。 「戒律の厳しいユダヤ教のラビが、こんな食事をしてもいいのかい?」 わたしは友人のユダヤ人に訊きました。 「いや、わたしも釈然としない。わたしはラビではないが、ユダヤ教徒だから、戒律はきっちり守っている。それなのに、何故彼らラビが守らないのか、詰問してみる」 と言って、3人いたラビの処に行ったのです。 そうしますと、その3人はこちらの方を向いて笑って手を振っておるのです。 やがて、こちらのテーブルにやって来て、一緒に食事をしようと言うのです。 わたしはユダヤ教徒ではないので、問題は無いのですが、彼らの間で揉め出したのです。 その時、一人のラビが言いました。 「ユダヤ教のラビは、やってはいけないことを、身を以ってユダヤ教徒に教えているのです。それが選民の選民たる所以です」 この話を聞いた時、わたしはイエスキリストを磔にした、ユダヤ教律法学者のことを思い出し、『この慣習は今も尚続いているのだ』と思いました。 選民思想こそ、差別社会を生み出す根源であると、わたしは確信したのです。 その傾向は、日本の社会にもあります。 釈迦、達磨、一休の境地であれば、世の中の問題は何も起こらないのですが、50年以上前に起きたホロコーストの原点を、プラハで見たような気がしました。 |