一期一会  未(ひつじ)四十七の日

わたしは、今年1月に56才になりました。
自分の人生を振り返ってみますと、人生の本番のレースに入ったと思いますのは、50才を過ぎてからだったように思うのです。
それまでの50年間は、結局の処、本番レースの助走に過ぎなかった。
それぞれの世代でいろいろな体験をしましたが、今振り返ってみると、本番の予行演習をさせられていただけのように思います。
ところが一般的には、50代と言いますと、第一線から退いて行く世代のように思われ勝ちで、特に昨今の不況下ではリストラのターゲットにされている世代でもあるわけです。
わたしは45才まで会社員をしていましたが、ひょんなことから会社を辞めて今の世界に入る準備にかかるよう、天の計らいがあったように思えてなりません。
52才の時、執筆活動に入りましたから、およそ7年の準備期間があったわけです。
それまでも海外の経験を多く積んで来ましたが、やはりこの7年間に経験したのが一番役に立ったと思います。
精神構造がどんどん変化していくのが見えるようにわかるのです。
その中で際立って感じていたのは、自己意識から集合意識への大いなる変身であったと思います。
わたしの人生にとって、最も大事な言葉は、「公正」であります。
人間にとって一番大切な要素だと思っています。
「公正」を実現する為には、如何なる相手とも戦ってきたことだけは、自信を持って言えます。
わたしに使命を知らしめてくれた天は、やはり「公正」を最も大事にしていたから、50代になって執筆活動を、わたしにさせたのだと思うのです。
執筆活動に入ってからちょうど3年になります
よくここまで書いて来たものだと思います。
平成12年の2月に、ラスベガスで書き始めたのですが、その時から、メール配信を一部の方々にはしておりました。
それから3年。
わたしの作品は、当初からメール配信した時点で出版と同じ意味合いを持っていました。
インターネットのわたしのホームページで無料通読できるようにして、メール配信した生の原稿のまま毎日掲載をしていたからです。
その後、本として出版した作品は15作品ですが、この3年間に取り組んだ作品は、現在執筆中のものを含めて33作品に上ります。
自分でも信じられないのです。
やはり天の計らいであったのでしょうか。
どうやら、人間が自己の使命を知った時は天の応援が得られるようになっているのではないでしょうか。
わたしは自分のことを特別な存在などと思っていません。
謙遜などではなくて、真実そう思っています。
ごく平凡な人間だと確信しています。
しかし、わたしのこの3年間の仕事は、やはり尋常ではないことも確かです。
結局、人間というものは、自己の使命を知ったら、大いなる計らいが自然に降りて来て、使命を果たさせる為に力を貸してくれるのだと思います。
結果、奇跡的なことが起こるわけです。
そういう意味で、人間はみんな奇跡を起こすことが出来る可能性を秘めているのです。
実はそれは奇跡でもなんでもない、当たり前のことであるのです。
問題は、自己の使命を知ることです。
自己の使命を知るのは、生まれてすぐかもしれません。
自己の使命を知るのは、死ぬ直前かもしれません。
「死とは差出人名も日付も無い速達便」と、知り合いの大学の老先生が言っていました。
使命も死と同じように、いつどこからやって来るかわからない便りのようなものです。
ただ死の速達便と違うのは、自分から便りを送らなければ、決してやって来ません。