一期一会  未(ひつじ)五の日

昨年末から風邪をこじらせたようで、正月らしい気分にも浸れない平成15年の年始めでありました。
家族にも迷惑をかけ、みんな熱を出して苦しんでいるのを見ているわたしの精神の変化に気付いたことがあります。
わたしは見かけは頑丈そのものであります。
虚弱体質とはとうてい言えるような柔ではありませんが、長年の厳しい鍛練の所為で、肉体、特に内臓が精神力についていけず心身のアンバランスに苦しみ続けてきました。
心房細動という持病もそうですが、ちょっとした風邪を引いても、普通の人より治るのに相当時間を要します。
まわりからは、体格の割に弱いとよく言われているのですが、今年もわたしが風邪を引いてまわりに迷惑をかけました。
彼らが床に就いている姿を見て、今までにない程心が痛むのです。
自分が持ち込んだ風邪の所為で、せっかくの正月の予定はキャンセル、挙げ句の果ては、せめて家でみんな元気いっぱいで居てくれれば心も和むのですが、みんなそれぞれの床に臥している暗い気分で、これすべてわたしのちょっとした不注意から起こしたものだと思うと、心が痛むのです。
わたしはと言いますと、『ひょっとしたらこれがきっかけで・・・・』と考えてしまうのです。
今までのわたしでしたら、自分が病気になると、先ず治すことに専念しておりました。即ち自分のことばかり考えておりました。
今は、自分が醸し出すエネルギーがまわりに良くも悪くも影響を与えるという意識が強くなっており、ちょっとした風邪ひとつでも、神経が繊細になっているようです。
神経の本当に太い人と、単に図太い人との違いは、わたしが良く喩えに出します、度胸と勇気の違いと同じでありまして、度胸のある人、神経の図太い人というのは、生理的長所ではありますが、精神的疾患者でもあると言わざるを得ません。
生理的長所と申しましたのは、神経一本が太く生まれてきた方であるのです。
あなたのまわりにも、そういう方がいらっしゃいませんか。
これは優性遺伝的なものと言えるもので、本人にとっては大いなる財産であります。
しかしまわりの人々にどれだけ喜びを提供する能力があるかを常々考えております、わたしにとっては、この神経の太い方々を観察していますと、身勝手、無神経、無配慮というばい菌を蒔きちらしているようにしか見えません。
本当に、神経の太い人というのは、一本一本の神経は実に繊細で細いのですが、それが後天的な鍛練で細い神経を束ねて一本の神経として強化している人のことを言うのであります。
従って、一本一本の細い神経も機能しながら、全体としても太い一本の神経をも兼ねている方ですから、身勝手、無神経、無配慮とは凡そ遠くかけ離れた方であり、そういう方を真の勇気ある人だと思うのです。
わたしが目指してきた人物というのが、こういう方であり、一歩でも近づくことが出来ればとの思いで日々過ごしております。
「天使のようで大胆に、悪魔のようで繊細に」がわたしのモットーであると、以前申しましたが、今は、「大胆かつ繊細な天使」をモットーにしております。
鬼神四郎も前半は、「天使のようで大胆に、悪魔のようで繊細に」でありましたが、後半は、「大胆かつ繊細な天使」になって行きました。
わたしも、彼に尾いて行こうと思っています。