第十二章 盗み取り締まり役宅訪問

ヨシ吉は 鬼のヘイ吉の 役宅の門の前に立った

立派な屋敷だと思った

昔 ヨシ吉の生まれ育った大棚の立派さとは違って 威厳がある

それに比べて 今の一家の住まいは盗人宿といって 船宿の看板はたてているが日陰の住まいだ

いつも どぶの水路を通って まわりを伺いながら こっそりと住まいに入る

鬼のヘイ吉の屋敷は 門構えも堂々としていて まわりも明るい

門には 盗み取り締まり役 という看板がたててある

同じ看板でも えらい違いだ こちらは 船宿 おしのび という名だし まわりはどぶの溝だらけだ

どぶ川にも花は咲く とかいった歌もあったが やはり 淋しい感はぬぐえない

門の下足番に 長官のヘイ吉様を尋ねてきたので通して欲しいと頼んだ

下足番といっても おてんとうさん の下で胸を張って仕事をしているから ヨシ吉の方が気遅れする

今更ながら どぶねずみの 風体には 嫌気がさす

下足番は いぶかし気に じろじろヨシ吉を ながめまわしながらも 通した

鬼のヘイ吉が 玄関に一人で出てきた

なんでえ おめえか ヨシ吉というから どこのヨシ吉か 見当がつかなかったが

まさか おめえが 俺のところにやってくるとは びっくりしたぜ まあ あがんな

奥のヘイ吉の部屋に通された そこには奥方のおひさが待ち受けていた

いらっしゃいませ いつも 旦那さまが お世話になっております

と挨拶されて ヨシ吉は 何と返事していいか 戸惑った

ヘイ吉は 奥方に

こいつは 盗人一家の親分でヨシ吉っていうんだ そいつが盗み取り締まり役宅に

独りで堂々とやってくる度胸は てえしたもんだ

奥方は 驚いた様子もなく 笑って

うちの 旦那さまは こういうお方ですの だから いろんな方がいらっしゃるのです

ところで どうしたんだい 急に

ヘイ吉は ヨシ吉に尋ねた その時のヘイ吉の目はさすが鬼の目だ ヨシ吉は震えた

へい ヘイ吉様とのお約束で 二度と急ぎ働きは いたしておりやせんが てめえども

一家も おまんまを食っていかなければ なりやせん 急ぎ働きはしなくても 盗人稼業には 変わりは ありません

まぬけな あっしで ヘイ吉様との約束では 殺さず 姦さず 貧乏から盗まずを守ったら 盗みをやっても 構わねえのでしょうか

それを お聞かせ願いたくて やってきましたんで

ヘイ吉も奥方も 腹を抱えて笑った

おひさ どうだ この野郎 てえした奴じゃねえか 盗み取り締まり役長官の俺に

盗みを 目こぼししろと 言いやがる おどろいたぜ

そこで ヨシ吉は どぶねずみが 悪事に走るには訳があることを 話した

手前も 元は 大棚の家に生まれた身でやしたが 親父が 商いに失敗しての なれの果てがこの姿で

ねずみという動物は因果な動物で とにかく繁殖能力がおそろしい

特にどぶねずみは 暗いところで 何もすることが ねえもんだから よけい 繁殖が激しく

そいつらを 食わしていくのは こりゃ てえへんなことなんです

そこで おねげえが あって あつかましく うかがったしでえで

何とか 二年だけは お目こぼしを それまでに どぶねずみの 盗人稼業を まっとうな稼業に

変れるよう がんばってみてえと 思っておりやす

鬼のヘイ吉が その時 仏のヘイ吉のような 面持ちになって 言った

ヨシ吉 てめえ よく そこまで 腹をくくった てえしたもんだ わかった いいだろう

しかし いいな まず殺し 姦しの急ぎ働きと 引き込み強盗も たちの悪い 大棚に限って

しかも 全部は盗むことは ゆるさねえ それなら 二年は 目こぼし してやろう

ヨシ吉は 涙を流して お礼を言った

この お方のためなら 命を張っても 惜しくはねえ それに比べて死んだミノ吉にしても なんと 情けねえ奴だ ましてや コメ吉やマサ吉なんて とんでもねえ

ヘイ吉は 奥方のおひさに目くばせをした

奥から 料理が運ばれてきた 奥方のおひさが言った

まあ せっかく おいでなさったのだから 食して お帰んなさい

ヘイ吉も一緒に食おうと言ってくれた

性根の違いが これだけのねずみ格の差になるのか とヨシ吉はため息をつきながらも

これからの 生き方に 希望を持てたような気がした