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(その二)新しい人間 恵美子が宿している藤堂頼賢の子供は、途轍もない宿命を背負った人生を歩むべき新しい人間であった。 産むべきか、産まざるべきか。 藤堂頼賢が、宿している子供が途轍もない宿命を背負っていることを承知していたかどうかは本人しかわからないが、彼がその選択権を恵美子に託したのは、女(メス)がその権利を有するべきだと考えていたからだ。 オスとメスの番いから新しい命が誕生する限り、オスにもその選択権の一部はあるはずだが、実はまったくない。 これはオスにとって不条理極まりない。 だが、オスにとって為す術はない。 人間社会だけが「オス社会」になっていった遠因がここにある。 「オス社会」になった人間社会だけに、差別・不条理・戦争があるのは、この不条理が遠因になっている。 「オス社会」になった人間社会だけに、支配・被支配二層構造と世襲・相続の制度があるのは、この不条理が遠因になっている。 オスにも子供を産む選択権を持っていたら、こんな人間社会にはならなかったであろう。 藤堂頼賢の生まれ育った藤堂家は、「オス社会」の典型のような家庭であった。 更に、京都の陰の部分を背負ってきた家系であったから、表舞台には一切出ないのが家訓である。 真の権力を堅持しようとするには、表舞台に一切出ないことが、絶対条件になる。 世界の富の90%を独占しているユダヤ国際資本の連中は一切表舞台に顔を出さない。 世界の富の90%を独占しているということは、世界を実質支配していることと同じであるにも拘わらず、彼らは一切表舞台に顔を出さない。 世界に顔を知られたら困ることをしているからだ。 世界がとんでもないことをしている逆証明になる。 この世の中はとんでもないことをしているわけだ。 実にシンプルな真理であるのに、一般の人間はわかっていない。 藤堂頼賢はそんな家で生まれたが、生来の反逆者でもあったから、子供の頃から暴れん坊で家の者たちを困らせた。 彼が源為朝に興味を持ったのは、ある意味で必然だった。 源為朝は源氏直系の八男坊だったが、源氏の中興の祖と敬われている八幡太郎義家とは正反対の性格だった。 八幡太郎義家は保守的な人間であったのに対し、鎮西八郎為朝は反逆者そのものであった。 父親・源為義は、幼い為朝を危険視して僻地の九州へ左遷してしまったが、瞬く間に九州を平定してしまった。 天皇と上皇の権力争いにまで発展した保元の乱では、為朝は、形勢有利だった後白河天皇側に付いた長兄・義朝側に与せず、不利だった崇徳上皇側についた父・為義側に敢えて与した。 反逆児の面目躍如だ。 だが結局は敗れ、右腕の腱を切られて伊豆の大島に流されたのである。 後の平治の乱では、保元の乱で後白河天皇側についた仲間同士であった、源義朝と平清盛が戦い、平清盛が天下を取ったが、弟・為朝が平治の乱で平清盛と対峙していたら、“平家に非ずは人に非ず”と云わしめた時代はなかったであろう。 保元の乱では、平清盛は為朝と対峙して肝を冷やす経験をしていて、二度と闘いたくない相手であったからだ。 藤堂頼賢は源為朝宛らの反逆児であり、800年の長い歴史の中で源為朝以来、三十三間堂の遠的を見事為し遂げた唯一の兵だった。 人類の進化は反逆児という名の新しい人間によって為されるのだ。 |