第十章 男と女

八郎の胸の中でリエが泣いていた。
『ありがとう。わたしたちのためにやって来てくれて・・・』
『いらっしゃい、琉球へ。わたしたちの願いを叶えて・・・』
『ありがとう。わたしたちのためにやって来てくれて・・・』
八郎は自分の使命を全うすることを決意した。
『アメリカという巨人と戦うのだ!』
リエは確かに男である筈の八郎に抱かれ、充足感を味わいながらも、抱擁後の独特な虚脱感がないことに気づいていた。
「あなたは本当に男性なの?」
甘え声で訊くリエを抱きながら、八郎は部屋の天井を見つめていた。

抱かれることで抱くことの充足感を得る女性。
抱くことで抱かれることの達成感を得る男性。
男と女の間に横たわる真暗闇の深淵は、抱かれる充足感と抱く達成感を対岸に持つ故に永遠の謎となる。
男性が抱くときには、男性は男性になり、女性は女性になる。
女性が抱くときには、女性は男性になり、男性は女性になる。
女性が抱かれるときには、女性は男性になり、男性は女性になる。
男性が抱かれるときには、男性は女性になり、女性は男性になる。
人類が人間になった50万年前に、真暗闇の深淵が男と女の間に切り刻まれた。
充足感と達成感を両岸壁に持つ“深淵”という名の谷である。
爾来、男は女に惹かれ、女は男に惹かれるようになった。
当初、人間は充足感を大切にして、達成感は二の次にした。
女性(メス)社会を本来性とする自然からの餞別だ。
循環する自然は必ず元に戻る走性を発揮するから、充足感が主人になるのは当然である。
充足感と達成感を両岸壁に持つ“深淵”という名の谷は、主従を好まず対等を選んだ。
充足感で飽きたらず、達成感に横恋慕する。
達成感に飽きたら、充足感に再び甘える。
男と女の間でこの繰り返しが永遠に続けられる。
あるとき、男が決断した。
達成感の強さは決断を促す。
そのとき、女は躊躇った。
満足感の強さは躊躇を促す。
爾来、人類(Homo-sapiensホモサピエンス)から人間(Man-kindマンカインド)に変身した最先端の霊長類は、男と女に分かれていく。
男の人間(Man-kindマンカインド)と女の人間(Woman-kindウーマンカインド)の誕生であり、単なる交尾行為が恋愛の行為へと進化していった。
恋と愛の誕生である。
50万年が過ぎた二十一世紀になっても人類(Homo-sapiensホモサピエンス)から人間(Man-kindマンカインド)に変身したままでいて、人間(Man-kindマンカインド)から人(Human-beingヒューマンビーング)へ変貌しないでいる。
更に次のステップである変貌が待ち受けているにも拘わらず、変身すら為し得ていない人類と人間の狭間にいる海の怪獣(Leviathanリバイアサン)こそが我々だ。

「俺たちは、男でもない、女でもないさ!」
八郎がやっと口を開いた。
「わたしたちは、女でもあるし、男でもあるわ!」
もう一人の八郎も口を開いた。
然もありなん!
自ら然もありなん!
リエには難しいことはわからなかったが、八郎の言っていることが直感でわかったような気がした。
「いいの!このままでいいの!」
八郎は黙って微笑んでいた。
「わたしにも女性としての役目と男性としての役目があるのね!」
二人の身心(しんじん)がやっと合体した瞬間だった。

男と女の抱擁は二つの身心(しんじん)の合体にある。
自他同一感と言ってもいいだろう。
オスとメスの抱擁は、二つの肉体の合体か、二つの心体の合体である。
二つの肉体の合体が愛に嵌ることであり、二つの心体の合体が恋に落ちることである。
自他同一感には落ちる恋と嵌る愛がある。
充足感と達成感を両岸壁に持つ“深淵”という名の谷であり、谷に落ちる恋と、谷に嵌る愛がある。
恋には勇気が要るが、愛には臆病さが要る。
少年は恋に落ちる勇気を持っているが、愛に嵌る臆病さがない。
大人は愛に嵌る臆病さを持っているが、恋に落ちる勇気がない。
勇気は悪魔の召使いである。
臆病は天使の召使いである。
天使が勇気を奮い、悪魔が臆病さを発揮したとき、海の怪獣(Leviathanリバイアサン)から人(Human-beingヒューマンビーング)に変貌することが可能になる。

男と女を超えた真の恋愛が二人を祝福していた。