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第十四章 胎動の春 冬子は2年前の場所に戻った。 彼女の目差す処は別にあるのだが、その前に立ち寄らなければならない処がある。 その場所とは一郎が殺された場所であった。 その場所とは父・四郎がはじめてお仕置きをした場所でもあった。 「お前!どこかで見たことのある顔やな!」 サングラスをつけた青年が冬子に言いがかりをつけようと、バイクから降りて近寄って来た。 『滝沢誠だ!』 一瞬の中に彼女は悟った。 一郎を殺害した男である。 一郎にも同じ言いがかりをつけた挙げ句に惨殺したのだ。 「お前、なんちゅう名や?」 滝沢誠は冬子のことを男だと思っている。 「俺の名前は島田一郎や!」 冬子は「ニタッ!」と不敵な笑いをしながら言った。 「なんやて!島田一郎やと!」 明らかに動揺している様子だ。 「2年前に、同じこの場所で少年を殺したやろ?」 あの時の少年が生き返ったわけではないのに、『まさか!』という気持ちにさせる同時性が、滝沢誠の中で起こったのだ。 冬子は明らかに一郎の仇を復讐の「想い」に変えようとしているのだ。 仇討ちの場合は相手が特定された個体であるが、復讐の場合は相手が不特定多数の方がより達成感を味わえる。 「お前一人やったら何もでけへんのやろ?あの時もそうやった筈や!」 一郎が殺された場に居たような克明な舞台装置を再現させる冬子に、滝沢誠は戦慄をおぼえた。 『突っ張っている場合ではない!』 「そうや!その通りや!あの時もみんなでなぶり殺しにしたったように、お前もやったろか!」 胸の中で燃えていた橙色の炎が真っ赤に変わっていくのを、冬子はじっと見つめていた。 「その時の仲間はみんな近くにいるんやろ?」 挑発していることは重々承知しているのだが、心が恐怖感に占領されている滝沢誠に冷静な判断は最早無理だった。 「おい!みんな出て来い!」 号令と同時に店の裏側に佇む小さな公園から、皮のジャンパーとパンツを履いた連中がぞろぞろと現れた。 「御旅池(おたびいけ)公園」と呼ばれている小さな公園だが、国常立命(クニトコタチノミコト)が鬼神四郎に降臨した天神社の御旅所だった所を池にした由緒ある場所である。 冬子の胸に囁きが響く。 『御旅池公園でやるのだ!』 滝沢誠をいれて八人の暴走族が揃ったところで、冬子は彼らを誘った。 「島田一郎をなぶり殺しした御旅池公園は、どんな場所かわかっているのか?30年以上も前に、お前たちと同じ暴走族が腐敗した警察と戦った所だ!」 『しまった!』 滝沢誠が心の中で叫んだ時、既に遅かった。 「何をごちゃごちゃ言うてんねん!この野郎!」 冬子の胸ぐらを捕まえようとした男が吃驚した。 「お前!女やんか!・・・ギャッ!」 耳をつんざくような悲鳴と相俟って男の股座から血しぶきがあがった。 30cmほどの太い針のようなものが、男の股座から鈍い輝きを放っている。 一瞬の出来事に、他の連中は何事が起こったのかもわからず右往左往する。 「ギャッ!」 別の男の叫び声が聞こえ、血しぶきがあがる。 「ギャッ!」 更に別の男の叫び声が聞こえ、血しぶきがあがる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 そして、滝沢誠が最後の叫び声の主として残った。 冬子は、この男だけにはすぐに手を下すことはしなかった。 「お前、島田一郎の何なんや?」 滝沢誠が絞り出せた最後の言葉だ。 彼の問いかけに対する冬子の返事が目の前に顕れた。 御旅池公園には十字架の形をした奇妙な木がある。 「ボキッ」という鈍い音がした。 滝沢誠のあばら骨が折れた音だ。 あばら骨を折られただけで半分意識を失いかけている滝沢誠に、冬子はポケットからアンモニアを出して彼の鼻に近づけた。 苦痛に呻きながらまわりを見ると、すでに自分が十字架の形をした木に架けられていることに気づいた。 その瞬間、両手に激痛が走った。 「ゴン、ゴン・・・」と釘が打たれる音がするたびに滝沢誠の悲鳴が聞こえる。 激痛は縄で縛られた両腕と足首に釘を打ち込まれたときのものだった。 両足首を重ねられて、その上から釘を打ち込まれたときの痛みは両手の痛みどころではない。 骨に打ち込まれるだけ大きな痛みだ。 しかしまだそれなら人間は耐えられる。 「さあ、いよいよ生から死への行進が始まるのだ」 冬子が「ニタッ!」と笑って言う。 両腕と足首の縄が解かれた。 「うおおおおおっ!」 断末魔の叫びが御旅池に響きわたった。 「どうだ、早く死にたいだろう?だが死はそんなに簡単にやって来ない。激痛が走るごとに意識を失いそうになるが、意識を失うと体が重くなって両腕と足首に更に強い激痛が走って意識が戻るのだ。この繰り返しを島田一郎は3時間も耐えたのだ。そしてその中で神を呪ったのだ。お前も神を信じるなら呪ってみるがいい・・・」 冬子が滝沢誠の耳下で囁く。 1時間もしないうちに息が出来ない状態になった。 「島田一郎は3時間も耐えたのに、お前はまだ1時間だ。これではあまりにも情けないと思わないのか。聞こえているのか?」 滝沢誠は苦痛の叫び声しか出せなかったが意識はまだあった。 「これからお前は死の荘厳さを味わえるのだ。死ぬということがどんなに平和な気持ちかよく分かる。その時、お前は俺に感謝するだろう」 息が小さくなっていくにつれて男の顔から苦痛の表情が無くなってきた。 まさに生から死への最終段階に入る瞬間なのだ。 『何という荘厳さだろう!』 冬子は滝沢誠の変化を眺めながら思った。 「死への誘いの気分はどうだ?」 優しく話しかける。 滝沢誠は冬子に向かって「ニタッ!」と笑いかけた。 「そうだろう、とても気分がいいだろう。本来ならお前のような悪いことばかりしてきた人間は死に際しては地獄の想いをするはずだが、十字架刑によって、肉体が地獄の苦痛を味わうことで想いを洗い流してくれるのだ。そろそろ何か見えてくるだろう?」 「ニタッ!」と笑い続けていた滝沢誠の瞼がぴくぴくと動きだした。 眉間にある薄白色の丸い部分に像が映し出されて、目が像を追いかけるために瞼が動くのだ。 「どうだ、小さな光が見えてきたか?」 滝沢誠は頷く。 「どんどん光は大きくなってくるだろう?」 滝沢誠は頷く。 「光が、お前を呼んでいるか?」 滝沢誠は頷く。 「ものすごい勢いで光が、お前を引き寄せているだろう?」 滝沢誠は頷く。 「少し、息苦しいだろう?」 滝沢誠は頷く。 「これが最後の苦しさだ。そんなに長くはない。狭いところを抜けるときの気分だ。すぐにポンッと抜ける。ほんの少しの我慢だ」 滝沢誠は少し顔を歪める。 「さあ、ポンッと抜ける!」 冬子が強く語りかけると、滝沢誠は何かに突き上げられた様子だった。 「さあ、いよいよ死の瞬間だ。よく見ておくのだ」 滝沢誠はじっと瞼の動きを止めて一点を凝視している。 「これこそが死の瞬間なのだ。魂が肉体を離れる瞬間なのだ」 復讐劇の第一幕がやっと閉じた。 十字架の上で項垂れている滝沢誠に冬子は接吻をして囁いた。 「今日から私は島田一郎と一体になり、田島八郎として生まれ変わったのよ!」 鬼神冬子、胎動の瞬間だった。 |