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第二十六章 映像の中 2034年1月1日。 石嶺リエは都ホテルの一室に独りでいた。 2049年1月1日。 田島八郎は都ホテルの一室に独りでいた。 太陽は地球という子供がいて、地球には月という子供がいるが、月には子供はいない。 垣内義春には鬼神四郎という子供がいて、鬼神四郎には冬子という子供がいるが、冬子には子供がいない。 太陽と地球の間は非連続でありながら親子関係にあり、地球と月の間は連続でありながら、月には子供がいない。 垣内義春は鬼神四郎の義父、つまり、非連続であり、鬼神四郎は冬子の実父、つまり、連続でありながら、冬子には子供がいない。 月は絶対宇宙に戻る。 冬子は絶対宇宙に戻る。 田島八郎によって絶対宇宙に戻る。 だから八郎だ。 だからオクターブ(8)の法則だ。 田島八郎が∞の所以だ。 一方、石嶺リエは0だ。 0は∞の出発点である。 ∞は0の到着点である。 2034年1月1日。 石嶺リエは都ホテルの一室で独りでいた。 2049年1月1日。 田島八郎は都ホテルの一室で独りでいた。 出発点のリエと到着点の八郎が『今、ここ』に一緒にいる。 都ホテルの一室こそ絶対宇宙の映像が収斂した場所なのだ。 沖縄こそが絶対宇宙の映像が収斂した場所なのだ。 沖縄は日本という国にとっては僻地の一つに過ぎなかったが、本州島が分断された今、日本諸島の一つとなった。 日本列島が日本諸島に国際社会で格下げされてしまった。 実質上の国家消滅である。 一つの部屋に24=16年の隔たりを持った男女がいる。 男の中に男と女がいる。 女の中に女と男がいる。 だから24だ。 田島八郎の中に男と女がいる。 石嶺リエの中に女と男がいる。 「アメリカが新型爆弾を東京に打ち込んだらしい・・・」 石嶺リエの中の男が田島八郎の中の女に話かけた。 2050年1月1日の二人の会話だ。 「ひめゆりの塔での事件が、世界戦争にまで発展してしまうなんて・・・」 石嶺リエの中の男は未来に想いを馳せているから、2050年1月1日の話に符号する。 田島八郎の中の女は過去に想いを馳せているから、2034年1月1日の話に符号する。 「ありがとう。わたしたちのためにやって来てくれて・・・」 「いらっしゃい、琉球へ。わたしたちの願いを叶えて・・・」 「アメリカ軍が沖縄から完全撤退することが、全沖縄県民の切なる想いです。どうか、わたしたちに力を貸してください」 八郎がはじめて那覇空港に降り立った時、リエが迎え入れた。 石嶺リエの中の女が囁きかけると、田島八郎の中の男が耳を傾ける。 2034年1月1日の話に符号する。 二人は同じ空間の時間の違う時間に一緒にいる。 それでいて会話が可能なのは、水平的時間の流れの中にいないからである。 人間は悉く同じ設定の世界で生きているのに、まったく気づいていない。 自分以外の人間も同じ時空間の世界に生きていると思い込んでいるらしいが、そんなことがあり得る筈がない。 見ている相手自身が過去の映像であり、相手が見ている自分自身がこれまた過去の映像であるのに、どうして同じ時空間の世界に居ることがあり得るだろう。 見ている者(seer)は『今、ここ』にいて、見られている者(seen)は過去の映像なのである。 1光年の先の星とは、一年前に発した光を我々は見ているのだ。 太陽の姿とは、8分前に発した光を我々は見ているのだ。 月の姿とは、2秒前に発した光を我々は見ているのだ。 目の前にいる石嶺リエの姿を見ている田島八郎は、過去の石嶺リエを見ているのであり、田島八郎が存在する『今、ここ』には石嶺リエの存在はない。 まさに24の人間が絡み合うドラマだ。 リアリティーでは決してない、ただのドラマである。 「俺はすぐに本土に戻る!」 八郎がリエに叫んだが、リエから返事はなかった。 リエは地球規模の会話しかできないが、八郎は地球と月の世界規模で会話ができる。 地球と月の距離は38万キロメートルで、光の速度は秒速30万キロだから、1.26光秒だ。 地球上の者と月上の者との会話は必ず1.26秒のずれが生じるように、同じ地球上の者同士でも、時間のずれが必ず生じる。 自分以外の者はすべて映像であるのは当然過ぎるほどのシンプルな真理であるのに、人間だけがわかっていない。 だから、愚かで無意味な戦争を懲りもせずに繰り返す。 ひめゆりの塔で八郎がリエを守るために取った行為が、数千万、数億の人間の命を奪ってしまうのだ。 サラエボで一青年の個人的感情から発した行為が、第一次世界大戦を引き起こし、1500万人の命を奪っただけに止まらず、ヒットラーという狂信者を生みだし、5000万人の命を奪った第二次世界大戦にも飛び火したのである。 2050年1月1日にいる田島八郎の中の女が顕れようとしている。 『このままでは日本は消滅してしまうわ!』 その女は複雑な心理状態にあった。 普通の女性ならことは簡単だったが、その女はまったく違った。 「良い」と「悪い」との判断しかできない普通の人間と違って、田島八郎の中の女は、「良いの良い」、「良いの悪い」、「悪いの良い」、「悪いの悪い」といった複雑な心理が働くのだ。 日本列島を分断された現状では、「悪いの悪い」の判断をしてしまったのである。 「悪いの悪い」の後に続くのは「良いの良い」だ。 それが運動宇宙の絶対法則である円回帰運動のメカニズムに外ならない。 眠りかけていた月の「想い」である冬子が冬眠から醒める時が来たことを、八郎もリエもわかるべくもなかった。 国が消滅する。 二十世紀末に冷戦が終結した。 自由主義の国アメリカと共産主義の国ソ連との非暴力による戦争を冷戦と歴史は伝える。 戦争とは軍事力の衝突であるが、衝突という行為(運動)は必ず両者が消滅するのが宇宙を貫く鉄則である対消滅である。 対峙するものが衝突すると両者とも必ず消滅する。 ところが、人間社会だけにある戦争という衝突では勝者・敗者ともに消滅しないことが殆どである。 戦争という行為(運動)が衝突ではない証左だ。 我々人類はこの点においても錯覚をしているらしい。 戦争とは自然(宇宙)行為(運動)ではなく、人為行為に過ぎないから対消滅しないのである。 本当の衝突なら必ず両者とも消滅する。 戦争という一見衝突に見える芝居劇を陰で演出する者がいて、水面下では両者は手を繋ぎ合っているのだ。 だから勝者も敗者も消滅しないのである。 第一次世界大戦の敗者であるドイツ・オーストリアは消滅しなかったし、第二次世界大戦の敗者であるドイツ・イタリア・日本も消滅していないことは、これらの戦争には陰の演出者がいるということだ。 そんな中で消滅する国がある。 冷戦終結後のソヴィエト連邦・ユーゴスラビア・チェコスロバキアの崩壊である。 つまり国家が分裂することによって、以前の国が消滅する。 第二次世界大戦によって西ドイツと東ドイツに分裂することで以前のドイツは消滅したのだ。 朝鮮戦争によって北朝鮮と大韓民国に分裂することで以前の朝鮮は消滅したのだ。 時計の針を思い切って逆回転させよう。 紀元前721年。 アッシリアによるサマリアを首都とする北イスラエル王国の滅亡だ。 紀元前586年。 新バビロニアによるイェルサレムを首都とする南ユダ王国の滅亡だ。 偶像崇拝を禁じたユダヤ教の教えを排し、拝金主義という偶像崇拝に堕落した北イスラエル王国が先ず滅亡した。 拝金主義という偶像崇拝を忌避してきた南ユダ王国もやがて拝金主義に陥り滅亡した。 分裂する国家は必ず消滅する。 「俺はすぐに本土に戻る!」 地球と月の世界規模で会話ができる八郎には、時空を超えた、つまり、古今東西の歴史を貫いた映像が見えるのだ。 2033年12月31日。 鉄の雨が東京に降った日である。 本州島が関東甲信越地方の消滅で分断されたのがきっかけで第三次世界大戦が勃発したのだ。 鉄の雨の正体は、アメリカの宇宙衛星から発射されたレーザー光線の衝撃波であった。 アメリカは同時に中国の北京にも同じ衝撃波レーザー光線を発射していたのである。 二十世紀までの戦争にはルールというものがまだ存在していた。 オランダのハーグは奇妙な町である。 オランダの首都は飽くまでアムステルダムだが、ハーグが実質上の首都なのだ。 王室・議会・政府機関はすべてハーグにあり、特に国際司法裁判所がある。 「ハーグ条約」とは世界憲法と言ってもよく、戦争ルールから特許ルールに到るまでの国際条約はすべて「ハーグ条約」で決められているのだ。 「ハーグ条約」(戦争版)では二国間の戦争は戦線布告で以って開始されなければならないことが銘文化されている。 太平洋戦争は「真珠湾攻撃」という日本の卑劣な行為で始まったと2012年1月1日のクレー大統領の演説まで世界で信じられていた。 ベトナム戦争の徴兵を拒否したクレー大統領が、「真珠湾攻撃の実体」を明らかにして、それが当時のアメリカ政府の仕組んだ罠であったことが昔日の下に晒されたのである。 爾来、アメリカは「ハーグ条約」を無視し続けてきた。 イラク戦争も「ハーグ条約」違反だ。 2003年3月19日。 国際連合の決議を無視して独断でイラク戦争を始めた。 アメリカという国は、戦争をしたければ、相手がその気でなくても、強引に引きずり込む。 こんな国がある限り、人間社会から戦争がなくなることはない。 2050年1月1日。 田島八郎が危惧していた事態が発生していた。 日本という国が消滅していたのである。 2034年1月1日と2050年1月1日との間にある24=16年という時間が消滅した間に、日本という国が消滅していたのである。 嘗て、鬼神四郎が日本国民にメッセージを送ったことがある。 「日本国民のみなさん、 新しい世界を創造する機会が遂にやってきました。 わたしたち日本人は世界で唯一の被爆民です。 悲劇ではありましたが、その大きな犠牲によってどれだけの人々を救ったか計りしれないものがあります。 日本国民を実験モルモットにしたからこそ原爆の恐ろしさを知り、その後の核抑止力という概念が生まれ、次の被爆民を生まないで来ることができたのです。 被爆民を生んだ唯一の国がアメリカであります。 仇打ちは次の仇打ちを生みます。 そういう意味ではアメリカが謝罪したことで、再び仲良くすることは、道徳的にも倫理的にも大切なことであります。 日本は太平洋戦争後、戦争に関してアメリカを非難したことは一度もありません。敗戦国だから仕方なかったのでしょう。 しかし、喧嘩両成敗という諺があるように戦争をしたら両者共犯罪であります。 敗戦国は非難される、勝利国は非難されない。 こんな不条理はありません。 アメリカは日本の真珠湾攻撃を、2012年1月1日にクレー大統領の演説で事実を公表するまで、半世紀以上に亘って、毎年12月7日に、「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」と叫んできました。 真珠湾攻撃もアメリカの仕掛けた罠だという話しがありますが、わたしは、そんな問題は全く無意味だと思うのです。 戦争とは所詮殺し合いです。殺し合いに罠も正々堂々もありません。 戦争すること自体が罪であるのです。 原爆を人類に落とした国が「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」と叫ぶ。 こんな馬鹿げた話はありません。 原爆投下国アメリカと被爆国日本が仇打ちの繰り返しをしない為に仲良くなることは大切なことです。 そして仇打ちの繰り返しをしない為に、二度と戦争をしないことを誓うべきではないでしょうか。 その後アメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン報復戦争、そして冷戦と直接手を下した戦争だけでもこれだけあります。間接的なものも入れれば5年に一回、過去半世紀以上、原爆投下国でありながら戦争を続けているのです。 一方でキリスト教を信じ、人道的博愛を訴えているのを偽善、独善と言わずに何と言うのでありましょうか。 だからと言ってアメリカという国を敵視したら、仇打ちの繰り返しという罪を我々も冒すことになります。 わたしは以前、アメリカに原爆投下のことを謝罪させました。 そして「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」記念日を、「卑劣な罠をしかけたアメリカを忘れるな!」記念日に変えさせました。 従って、敗戦後、政治的配慮だけで交わしてきた日米同盟は有名無実なものであり、ここで打ち切らなければなりません。 わたしは、アメリカを敵視せよと言っているのではありません。 世界のすべての国と仲良くするために、日米同盟を破棄しなければならないと言っているのです。 どうか、このことを良く理解して欲しいと切に願うものであります。 最後に、人間が作った憲法や法律よりも、第一に守らなければならないルールというものがあるはずです。 それを以下に紹介いたします。 2018年4月3日 デビルより 地球に生きるすべての者たちへ: ・人間は、他の生物を己の欲望のためにみだりに殺してはならない ・人間は、本能的欲望を、それ以上大きくしてはならない ・人間は、他の者を羨しく思ったり、妬んだりしてはいけない ・人間は、まず他のものに与え、自己のことは後回しにしなければならない。決して自己の得のみを追求 してはならない。そうすれば必ずすべてを失うことになる ・人間は、男は男の役割を、女は女の役割を忘れたり、おろそかにしてはならない ・人間は、弱き者多く、強き者少ない故、強き者は弱き者を助け、弱き者は強き者の言うことによく従わ なければならない ・人間は強き者と弱き者が存在するが支配する者と支配される者は存在しないことを忘れてはならない ・人間は、同じ人間のみならず、他の生物に対しても搾取することは最も大きな罪であることを忘れてはならない ・人間は、他の生物より優れていることを、自慢してはならない。自慢したときに、優れたものは既に 失っていることを肝に銘じておかなければならない ・人間は、同じ人間同士で優越感を絶対持ってはならない、だが劣等感は時として持つことを忘れてはならない ・人間にとって一番大事なことは勇気を持つことであり、その勇気を他者のために発揮することが大切な ことであることを肝に銘じておかなければならない ・人間にとって一番醜いことは、自己の言ったことを守らず、言ったことを自己保身の為に飲みこむことである。 それを罪意識なく、為す人間は、必ずこの世で地獄の苦しみを味わうことになることを決して忘れてはならない ・人間は、他の者の幸せを自己の幸せと思い、他の者の不幸を自己の不幸と思わなければならない ・人間の女は子供を産む極めて弱きものとした為、あまりにも利己的な考えの人間になり果ててしまった。 このままではすべての女は地獄の苦しみを味わうことになる。したがって、人間の女に対して女としての あるべき基準を与える。 ・人間の女は優しさが最も大事であり優しい女が幸せな女であることを決して忘れてはならない ・人間の女は体が最も美しい生き物とすることによって、その弱さを人間の男によって守らせるように計らった。 しかしその優しさを表す曲線の美しさを忘れてしまって、タルムード思想に惑わされ男と同じようにごつごつとした 体を美しさと勘違いしたため、人間の女として最も大切な、心の優しさという美しさを失ってしまった。 そして今や、人間の男と変わらぬ心を持った醜い女の姿になり果ててしまっていることに気づいていない。 この基準をすべての人間の女に厳しく教えなければならない ・人間すべてに言えることであるが、特に人間の女は、余りにも物質欲と肉欲が強くなり過ぎている。 何ゆえ、かつて吾が与えた戒めの中で、男と女の違いを明確にしたのかよく理解していない。人間の女は 極めて弱き生き物にしたため、極めて美しい生き物にした。その為に、敢えて人間の男と女に割礼の儀を 行うことを命じた。その吾の本意を理解せず、物質欲と肉欲に溺れているのが今の人間であり、特に人間 の女にそれが顕著に表れている。 吾が教えた人間の女の優しさと美しさを取り戻させなければならない ・イスラム教を開いたムハンマドは、そのことを良く理解して人間の女としての在り方を示した。今再び その教えを復活させなければならない。 人間の女をかくも堕落させた根源はキリスト教を信仰する人間である。彼らはイエスキリストが教えた真実を、 その後の十二人の使徒によって歪曲され、イエスの教えとまったく反対の教えを今日まで教えられてきたために 堕落してしまった。今、キリスト教の国々とイスラム教の国々とが争いをしている原因の根本はここにあること を忘れてはならない ・イスラム原理主義者の主張していることの根本は、吾の教えし人間の在り方にあることを世界の人間はよく知ら なければならない ・しかし、彼らイスラム教原理主義者たちの考えも、その根本は間違っていないがその方法論が極端なために大きな 摩擦を起こしている。それを改めさせなければならない ・これから、キリスト教を信仰する国々とイスラム教を信仰する国々との最後の争いが展開され、人間は破滅の道に 入っていくであろう。そうさせてはならない為に、デビルよ、汝と汝の子の使命があることを忘れてはならない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・自然を破壊する科学分野のこれ以上の研究を、今すぐにやめさせなければならない。そして地球の大気を これ以上汚してはならない。 ・地球は綺麗な海と、陸の植物によって青い星として輝いているが、その地球が赤くなってきている。 すなわち地球の温度が上昇している。これも人間の為せるものであり、速やかにやめさせなければならない。 ・地球の意識が今悲鳴をあげている。肉体である地球が痛いから悲鳴をあげている。それも人間のなせるものである。 速やかにやめさせよ。 ・かつてヘブルの民が放浪の旅を余儀なくさせられたように、これから日本の民が放浪の旅にしばらくは 出かけなければならないであろう。しかし必ず彼らは戻ってくる。 ・彼らが放浪の旅に出かけることを余儀なくさせられるのは、デビル、お前によって為されなければならない。 ・そして、その放浪の旅を導くのは、お前の子供であることを忘れてはならない。 ・しかし、新しい人間社会を建設するために、必ず彼らは戻ってくる。 ・さあ往けよ、新しい人間社会建設の為に アメリカという国の長所であり短所は何事にも徹底した合理性追求にある。 合理性追求とは一体なんなのか。 1922年(大正11年)。 初来日したアインシュタインのメッセージがそのことを物語っている。 “世界の未来は進むだけ進み 其の間、幾度か争いは繰り返されて 最後の戦いに疲れる時がくる。 其の時、人類はまことの平和を求めて、 世界的な盟主を崇めねばならない。 この世界の盟主たるものは 武力や金力ではなく あらゆる国の歴史を抜き越えた 最も古く、また、 最も尊い家柄でなくてはならない 世界の文化はアジアに始まって、 アジアに帰る。 それはアジアの高峰、 日本に立ち戻らねばならない。 われわれは神に感謝する。 われわれに 日本という 尊い国をつくっておいてくれたことを・・・” 1948年5月14日。 紀元69年以来1879年ぶりにイスラエルが再建され、アインシュタインが初代大統領の要請を受けたが、彼は固辞した。 思惑が外れたのである。 1853年間も国の無い状態が続いてきたのに一夕一朝に再建される筈がない。 彼は日本に託していたのだ。 なぜ日本に託していたのか、他界した彼に聞き糾す術は最早無いが、推論することは可能だ。 人間だけが有する知性の功的面とは大いなる推論、つまり、洞察力に外ならない。 日本とイスラエルとの間に何か共通点がある筈だ。 問題の矛先は外すことに意義がある。 日本が消滅する羽目に陥ったのは、偶然性の中の必然性だ。 それが闇の中の一点の灯りだ。 オックスフォード英語辞典は言う。 ユダヤ人(Jew)とはヘブライ人の蔑称である。 オックスフォード英語辞典は更に言う。 ユダヤ人(Jew)とは不当な金貸し、悪条件の取引を行う者である。 オックスフォード英語辞典は更に言う。 (jew)とは他動詞で「・・・をだます」、「・・・を欺く」という意味である。 ヘブライ人(He・brew)とは海を渡って来た人のことを指す。 海とはメソポタミア文明発祥の地・ユーフラテス川とチグリス川のことだ。 ユーフラテス川とチグリス川の合流地点のほとりにウルという町が今でもある。 ウルからシャトル・アラブ川がペルシャ湾に流れ出る。 その周りにサウジアラビア、クエート、イラク、イランの国境が犇き合う。 アダムとイヴの時代を下ること二十四代目、ヘブライ人の祖先であるアブラハムが誕生したのがウルの町だ。 アブラハムの時代を下ること二十四代目、モーゼが誕生したのは、ナイル川がカイロで分流して地中海の港町ポートサイドに向かうナイルデルタ東方の地・シェラキアであり、通称、カッターラと呼ぶ。 モーゼの時代を下ること二十四代目、イスラエル建国の祖・ダビデが誕生したのがヨルダン川西方、通称、ウェストバンクにあるイェルサレムだ。 ダビデの時代を下ること二十四代目、ユダヤ人の祖先・イエス・キリストが誕生したのが、やはりウェストバンクにあるベツレヘムだ。 人類の文明発祥は常に川と共にある。 由緒ある家系が紀元69年に消滅したのは、偶像崇拝禁止のモーゼの教えを破ったからである。 モーゼの教えを引き継いでいるイエス・キリストを磔刑にしたユダヤ人は、キリスト教徒にとっては許されざる者だ。 イスラエル亡国の真の理由はここにある。 日本亡国の真の理由もここにある。 紀元69年以来、ユダヤ人の国は世界の何処にもなかった。 しかし、ユダヤ人たちは離散(ディアスポラ)してあらゆる国家に巣づいた。 彼らはユダヤ人ではなくて、ヘブライ人のユダヤ教徒のことで、ユダヤ教とはモーゼの教えに他ならない。 モーゼの教えという強烈な箍で束ねられたユダヤ教は、2000年近い離散(ディアスポラ)にも負けない結束力を有していた。 それ故に、他の教徒から疎んじられ、迫害を受ける運命を背負ってしまい、他の教徒を総じて非ユダヤ人と逆差別するようになった。 差別意識が差別を生む。 差別しない意識が差別する意識を生む。 第一次世界大戦そして第二次世界大戦が、ユダヤ人にとって思わぬ幸運の女神と不運の厄神とを同時に引き込むことになる。 1948年5月14日のイスラエル建国だ。 翌日の5月15日に、エジプトのナセル大統領をリーダーとするアラブ連合がイスラエルの首都イェルサレムに攻撃した。 第一次中東戦争の勃発だ。 イスラエル・パレスチナ紛争の幕が切って下ろされた。 日本消滅の運命劇の幕もこの日に切って下ろされた。 島国根性の人間には想像もつかない程の長期展望に立つ人間たちもいる。 100年の計で日本消滅のシナリオは書かれていたのだ。 2050年1月1日。 日本消滅の記念日である。 この日、田島八郎は、急遽リエの知り合いが調達した漁船で本土に向かって、リエと共に出奔した。 奄美大島を経て、桜島を左に眺めながら瀬戸内海へ進み、兵庫県の加古川港に辿り着くのに3日掛かった。 加古川に上陸した八郎は、相野の清水山に向かった。 『鬼神』一族第158代目・鬼神冬子が田島八郎に変身したのが清水山であった。 山の麓には「鬼神蜂蜜店」の看板がまだ掛かっている。 八郎が店の中に入っていくと、奥から三十代の女が出て来て、八郎の顔をまじまじと見た。 「あのう・・・、鬼神郡三・ハナさんはいらっしゃいますか?」 八郎が困惑した表情で、その女に尋ねてみたが、意味がわからないらしい。 鬼神郡三・ハナは鬼神四郎の実の両親だから、生きていたとしても100才を超えている。 日本語がその女には通じないらしい。 埒が開かないと察した八郎がリエに言う。 「清水寺まで行こう!」 初めて本土にやって来たリエにとって、すべてが外国のように感じるのは当然で、店を出た直後に何気なく八郎に言った。 「あの女の人は日本人ではないみたい・・・」 『外見は確かに日本人なのだが、リエには外国人のように感じられたのは、沖縄という特殊な地で育った所為かも知れない』と八郎は思った。 途端に心の中で、『ああ!』と叫び声が自然発生した。 『今は2034年ではなく、2050年だったのだ!』 「急ごう!」 八郎はリエの手を握って、一気に走り出した。 実際の時間は半時間ほどだったが、ふたりにとって一瞬の間の出来事のように思えた。 一瞬の出来事の回り舞台が回転して、目の前に大きな建物が現れた。 嘗て、鬼神四郎が修行し、娘の冬子も修行した清水寺がシナゴーグに変わっていたのだ。 「天台宗の寺がユダヤ教のシナゴーグに変わっている!」 八郎の言うことが理解できない、リエも光景の異様さだけは理解できるようだった。 ふたりは恐る恐る、六芒星の紋が入っている門を潜った。 |