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第七章 救われた本土 勝利者の代表であり、嘗ての「現人神」さえも目の前に跪かせる権力を握った筈の自分が、敗北者の一人であり、部下が弄った手弱女の父親の一人に、精神的に跪いている自分に愕然とするマッカーサーが、何故、自分に跪いた「現人神」の言葉を思い出さざるを得なかったのか・・・。 「戦争の神」所謂「軍神」が存在するとしたら、彼がマッカーサーに目覚めさせたのかも知れない。 『加之敵は新に残虐なる爆弾を使用して頻りに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所、真 に測るべからざるに至る。而も尚、交戦を継続せむか、終に我が民族の滅亡 を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。 (それだけではない。敵は、新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使用して、何の罪もない非戦闘員を多く殺傷し、その被害はまったく図り知れない。それでもなお戦争を継続すれば、最終的には日本民族の滅亡を招き、そうして人類文明も破壊されることになってしまうだろう)』 『我が人種は他の人種に、何と卑劣な行為をしてきたのだろうか・・・。その片棒どころか、先陣を切って来たのが、他ならぬ己であったとは・・・』 トルーマンがポツダムのツェツィリエンホフ宮殿の暗い会議室から、残虐なる爆弾を使用して頻りに無辜を殺傷し惨害に及んだ頃、マッカーサは日本軍に攻め込まれたフィリピンから敵方の日本人に助けられて、オーストラリアに難を逃れていたのだ。 『何と皮肉なことだろうか!』 挙げ句の果てに、自分の命を助けてくれた人間の一粒種を踏み潰した下郎の親分に成り下がるという、軍神の強烈なブラックジョークに失笑せざるを得なかった。 彼の表情に敏に感じた小百合が呟くように言った。 「何か?」 石嶺小百合がマッカーサーに最小公倍数の言葉を投げ掛けたのである。 失笑する自分の顔を察知した彼女の言葉は決して皮肉からではなかったが、皮肉と受け取らざるを得ない立場の人間にとって、これほど強烈な一撃はない。 「失礼致しました!」 「現人神」の前でさえ敬礼しなかった元帥が、一言発した一手弱女に最敬礼をしたのである。 「ダグラス!そこまでしなくてもいいよ!」 兵庫は小百合に微笑ながら、マッカーサの肩を手で叩いた。 『我が人生最大の屈辱の懺悔であった!』 1950年4月11日。 国連軍総司令官として朝鮮戦争・仁川上陸作戦を成功させ、京城(ソウル)を奪還したマッカーサーが、毛沢東の中国への“原爆使用を主張した”という理由で、広島と長崎に原爆を使用する決断をポツダムでした張本人であるトルーマン大統領によって更迭された。 『我が人生最大の屈辱であった!』 1951年5月3日。 アメリカ上院軍事外交共同委員会において、マッカーサーは、朝鮮戦争における中国海上封鎖戦略についての答弁の際に、「日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」と発言し、太平洋戦争が日本の自衛戦争であったことを暴露した。 『我が人生最大の懺悔であった!』 しかし、海部兵庫に慰めの肩を抱かれたことによる『我が人生最大の屈辱の懺悔』ほどではなかった。 慰められる者の気持ちは慰める者には推し量ることは出来ない。 慰める者の気持ちは慰められる者には推し量ることは出来ない。 生きている者の気持ちは死ぬる者には推し量ることは出来ない。 死んでいく者の気持ちは生きる者には推し量ることは出来ない。 手弱女の気持ちは手強男には推し量ることは出来ない。 手強男の気持ちは手弱女には推し量ることは出来ない。 偽善なる者の気持ちは偽悪なる者には推し量ることは出来ない。 偽悪なる者の気持ちは偽善なる者には推し量ることは出来ない。 賢者の気持ちは愚者には推し量ることは出来ない。 愚者の気持ちは賢者には推し量ることは出来ない。 富める者の気持ちは貧する者には推し量ることは出来ない。 貧する者の気持ちは富める者には推し量ることは出来ない。 幸ある者の気持ちは幸ない者には推し量ることは出来ない。 幸ない者の気持ちは幸ある者には推し量ることは出来ない。 極楽に往く者の気持ちは地獄に復る者には推し量ることは出来ない。 地獄に復る者の気持ちは極楽に往く者には推し量ることは出来ない。 「ありがとう!(I shall be obliged very much if you say so!)」 マッカーサーはそう言うしかなかった。 「ありがとう!(I shall appreciate it very much if you say so!)」 マッカーサーはそう言えなかった。 「ありがとう!(Thank you very much!)」 況やマッカーサーはそう決して言えなかった。 海部兵庫は石嶺小百合に微笑ながら、一言マッカーサーに言った。 「君はいつもそう言うね!(You always say so “I shall”!)」 マッカーサーは救われたような気持ちになった。 勝利者の気持ちは敗北者には推し量ることは出来ない。 敗北者の気持ちは勝利者には推し量ることは出来ない。 マッカーサーは勝・負二元論を遂に突破した。 日本本土はそうして救われたのである。 |