第四十一章 真理の言葉

ミラノ公、ルドヴィーコ・イル・モーロがパスティールに言った。
「イエスは、『新しい世界は、間もなくやって来る』と、死ぬ間際に、母のマリアに言ったことは、君も聖書を読んでいるなら知っているだろうね?」
パスティールは一瞬迷った。
彼は、一度も聖書を開いたことがない。
食事前のテーブルで祈る言葉さえ、定かに憶えていない。
「すみません。わたしは聖書を読んだことがありません」
パスティールは正直に返事した。
ミラノ公は呆れた表情をしていたが、実直なパスティールに感心もした。
「聖書に書かれていることが、モーゼやヨハネやイエスが言った言葉かどうか、はっきりしていないし、またそんな言葉や文章が重要ではない。彼ら聖人たちが、凡人たちには到底真似できないような行為をしたことが重要なのだ。イエスが最も偉大なのは、恐ろしいことや、危険なことを知っていて、なおかつ、怯えながらも、自分の意思の方を優先した勇気にある」
ミラノ公は、目を潤ませながら続けた。
「『心は燃えても、肉体は弱い』でしょうか?」
パスティールが独り言のように言った。
ミラノ公が驚きと喜びの表情に変わるのを見ていたパスティールが、罰が悪そうに言った。
「レオナルドが言っていたんです・・・」
ミラノ公の表情はますます歓喜に溢れている。
「レオナルドが君について言っていたことは、まさにこのことだったんだねえ・・・」
レオナルドに「最後の晩餐」を描くことを依頼した時のことを、ミラノ公は思い出した。
「君は、絵の才能を以って、真理と真実の相対性を世に伝えて欲しい」
ミラノ公がレオナルドに言う。
「・・・ということは、絵以外の手段も考えておられるということですね?」
レオナルドは単なる画家ではない。
科学者であり、哲学者でもある。
「写実的な絵では、君の右に出るものはいない。遠近法を編み出したのも君だからね。しかし絵は所詮抽象的な域を脱け出ることはできない。やはり言葉が一番だ。言葉で無理なら文字だ。つまりペンで表現することが、一般大衆に浸透する最大の武器だよ」
ミラノ公の意図を掴んだレオナルドが言った。
「言葉を文字にすることにかけては、彼の右に出る者は一人もいないでしょうねえ・・・」
ミラノ公は膝を乗り出して耳を傾けた。
「シエナで葡萄園を営んでいる、パスティール・ボッチェリという男がいます。彼は本を殆ど読まないし、子供の頃から、父親に従って葡萄園の仕事をしてきただけですが、文字や文章の行間を読み取り、正確に解釈する能力にかけては、天下一品ですよ」
画家以外の能力にかけても、天下一品のレオナルドが折り紙をつけるだけの男に、ミラノ公は興味を抱いた。
イエスの言葉は、理解に苦しむことばかりだが、理解できた者にとっては、これほど深い真理はない。
中世のキリスト教は、イエスの言葉の深い意味など、まったく関心がないかの如く振る舞う。
それだけ、一般大衆の理解力が甚だしく欠乏しているとも言える。
ミラノ公は、パスティールなら理解できるだろうと期待した。
「いままでの価値観では、多くの人々に理解して貰えることが非凡なことだと思われてきた。政治家や役人は、多くの民からの支持を得るために、彼ら以下の意識に成り下がってしまう代償として、地位を獲得する。それが政治家という、低劣な職業だ。しかし、多くの人々に理解され、受け容れられるようなことが、果たして非凡だと言えるかね?」
パスティールはミラノ公の言葉を受けて言った。
「イエスが多くの人々から受け容れられたら、十字架に架けられるようなことはなかった筈ですね・・・。極めて少ない人々にしか理解されないことこそ、またそんな人こそ、真の非凡な人と言えるでしょう、イエスのように・・・」
ミラノ公がパスティールの言葉を受けた。
「イエスの真理の言葉が、極めて理解し難いのは、そこに重点を置いているからだ・・・」
パスティールがミラノ公の言葉を受けた。
「裏切ったユダが、『主よ、まさかわたしのことでは』と言うと、イエスは答えた。『それはあなたの言ったことだ』。こういったイエスの表現ですね?」
イエスはずばり言いたかった。
「裏切っていない者は、『主よ、まさかわたしのことでは』といった言葉など決して吐かない。『それはまさに自白しているようなものだ』と・・・」
ミラノ公は確信を持った。
『この男なら、キリスト教ではなく、イエス・キリストの真理を伝えることができる!』