第八章 日本占領軍最高司令官の決意

「何故わたしが、フィリピンで敵国の元帥である君と家族を救ったのか、わからないかい?」
兵庫は続けた。
「戦争は国家間の喧嘩であって、個人間の喧嘩ではないことを、君は弁えていたからだ・・・」
マッカーサーは頷いた。
「我が国は敗戦したが、我が国の国家元首はそのことを弁えていたよ・・・」
「残念ながら、我が国の国家元首はそのことを弁えていなかっったようだ・・・」
「だから、君は昨年の9月27日の日に我が国の国家元首を出迎えて認めたのだろう?」
マッカーサーは頷いた。
『そうだ!戦争は国家間で為される筈のものが、個人間で為されているのが、アメリカという国だ!』
マッカーサーは決意した。
『アメリカという国が犯した罪は余りにも大きい・・・、せめて日本だけでも自分が救わなければならない・・・』
海部兵庫に会うために、ワシントンを飛び発った日のことを思い出した、マッカーサーは愕然とした。

「亡き前大統領の遺言だが・・・」
大統領執務室の机の前の壁に向かってトルーマン大統領が彼に言った。
『背中を見せて喋るなんて、何て奴だ!』
小粒の男の背に大柄な二人の男が最敬礼しながら苦虫を噛んでいる。
「前大統領のカイロ会談でのスターリンとの約束ごとらしくて、日本を名古屋を境界にして二分割することにしようと思っている」
アメリカ合衆国大統領といえども、日本占領軍最高司令官ダグラス・マッカーサーに一応の了解を取り付けておかなければならなかったのだ。
「大統領閣下のご命令といえども、それは承伏しかねます!」
断固拒否するマッカーサーにトルーマンは怒鳴った。
「ジャップスを徹底的に躾直すんだ!」
大統領執務室の机の前で叫ぶトルーマンに軍事・主席補佐官のドワイト・アイゼンハワーが宥めるように言った。
「大統領!日本のことは占領軍総司令官に任せましょう!」
自分が副大統領の頃、ヨーロッパ連合軍総司令官のアイゼンハワーが大統領のフランクリン・ルーズベルトから全幅の信頼を得ていたことを承知していたトルーマンは、主席とは言え、補佐官に過ぎない人間の諫言を受け入れた。
執務室を出たマッカーサーは後ろをついてくるアイゼンハワーに言った。
「アイク!わたしは占領軍総司令官の職を解かれても、大統領の言う通りはできないよ!」
「将軍!わかっております」

海部兵庫が口を開いた。
「娘のことは個人間の問題だ。君とは国家間の問題で付き合いたいと思ったからだ・・・」
「わかっているよ!」
マッカーサーが頷く。
石嶺小百合は黙って二人の話を聞いていた。

嘉手納空軍基地を飛び発とうとしているパターン号の前で海部兵庫と石嶺小百合は、ダグラス・マッカーサーに深々と頭を下げた。
上空から沖縄を見下ろしていたマッカーサーは断腸の想いであった。
『幸せを得るには人柱がどうしても要るのか!』

再び「現人神」の彼の民へのメッセージが浮かんで来た。

『朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し、茲に忠良なる爾臣民に告ぐ。
(私は深く世界の大勢と日本の現状について考え、非常の手段によってこの事態を収拾しようと思い、忠義で善良な国民に通告する)

朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対し、其の共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり。
(私は日本政府に米国、英国、中国、ソ連に対してポツダム宣言を受け入れることを通告させた)

抑々、帝国臣民の康寧を図り万邦共栄の楽を偕にするは、皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々措かざる所、曩に米英二国に宣戦せる所以も、亦実に帝国の自存と東亜の安定とを庶幾するに出て他国の主権を排し、領土を侵すが如きは固より朕が志にあらず。
(そもそも日本国民の安全を確保し世界の国々とともに栄えることを喜びとすることは、先祖から行ってきたことであって、私もそのように努力してきた。先に、米国・英国に宣戦布告した理由も、日本の政治的・経済的自立と東亜の安定を願ってのものであって、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりするようなことは、もちろん私の意志ではない)

然るに交戦已に四歳を閲し朕が陸海将兵の勇戦、朕が百僚有司の励精、朕が一億衆庶の奉公各々最善を尽くせるに拘らず、戦局必ずしも好転せず。
世界の大勢、亦我に利あらず、加之敵は新に残虐なる爆弾を使用して頻りに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而も尚、交戦を継続せむか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。
(しかしながら、四年間の戦争で、われわれ陸海軍将兵の勇敢な戦闘や、官僚・公務員の勤勉、一億国民の努力、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦争における状況は芳しくなく、世界の情勢も我々には不利に働いている。それだけではない。敵は、新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使用して、何の罪もない非戦闘員を多く殺傷し、その被害はまったく図り知れない。それでもなお戦争を継続すれば、最終的には日本民族の滅亡を招き、そうして人類文明も破壊されることになってしまうだろう)

斯の如くむば、朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せむや。是れ、朕が帝国政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以なり。
(このような事態になったとしたら、私はどうしてわが子とも言える多くの国民を保ち、先祖の霊に謝罪することができるだろうか。これこそが政府にポツダム宣言に応じるよう命令した理由である)

朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるを得ず。
(私は日本とともに終始、東亜の植民地解放に協力した友好国に対して、遺憾の意を表せざるを得ない)

帝国臣民にして戦陣に死し、職域に殉し、非命に斃れたる者、及び其の遺族に想を致せば五内為に裂く。且、戦傷を負ひ、災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念する所なり。惟ふに今後、帝国の受くべき苦難は固より尋常にあらず。爾臣民の衷情も、朕善く之を知る。然れども、朕は時運の趨く所、堪へ難きを堪へ、忍ひ難きを忍ひ、以て万世の為に太平を開かむと欲す。
(日本国民で戦場で没し、職場で殉職し、悲惨な最期を遂げた者、またその遺族のことを考えると体中が引き裂かれる思いがする。さらに戦場で負傷し、戦禍にあい、家や職場を失った者の厚生については、私が深く心配するところである。思うに、これから日本の受けるであろう苦難は、いうまでもなく大変なものになる。国民の負けたくないという気持ちも私はよく知っている。
しかし、私はこれから耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍んで将来のために平和を実現しようと思う)

朕は茲に国体を護持し得て、忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し、常に爾臣民と共に在り。若し夫れ、情の激する所、濫に事端を滋くし、或は同胞排擠互に時局を乱り為に大道を誤り、信義を世界に失ふが如きは、朕最も之を戒む。
(私は、ここに国体(天皇制)を守り通して、忠義で善良な国民の真心を信頼し、いつも国民とともにある。もし、感情的になって争い事をしたり、国民同士がいがみあって、国家を混乱に陥らせて世界から信用を失うようになることを私は強く懸念している) 

宜しく挙国
一家子孫相伝へ、確く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを念ひ、総力を将来の建設に傾け、道義を篤くし志操を鞏くし誓って国体の精華を発揚し、世界の進運に後れざらむことを期すべし。爾臣民其れ克く朕が意を体せよ。
(国民よ、どうか団結して子孫ともども固く、神国日本の不滅を信じ、道は遠いが責任の重大さを自覚し、総力を将来の建設のために傾け、道義心や志操を固くして、日本の栄光を再び輝かせるよう、世界の動きに遅れないように努力しなければならない。あなた方国民はどうか私の気持ちを酌んで理解してほししい)』

二匹の蟻のような点に向かって、マッカーサーは上空から深々と頭を下げ、呟いた。
『道は遠いが責任の重大さを自覚し、総力を将来の建設のために傾け、道義心や志操を固くして、日本の栄光を再び輝かせるよう、世界の動きに遅れないように、わたしは努力しなければならない』