第十二章  大蔵大臣辞任

翌朝の新聞の第一面に、正太郎がいかがわしいホテルの前で立っている全身写真が掲載された。
見出しには、『華麗な一族の令息が買春!』と大きく書かれていた。
「正太郎!正太郎を呼ぶんだ!」
父親の一郎が階下から叫んでいる。
正二郎は何が起きたのか分からず自分の部屋のドアーの隙間から様子を窺っていた。
二階の廊下の端にある部屋から正太郎が、父親の怒りに満ちた声で仰天して、飛びだして一階に下りて行った。
階段の上から一階の様子を窺っていた正二郎の耳に、美香の名前が入って来た。
「僕は、村上美香という同じ大学の女の子に誘われて、何処に行くかも知らないでついて行ったら、急にあんなことになってしまったんです。あの子は商売女ではありません!」
必死に正太郎は弁明していた。
「しかし、相手の女は、逃げてしまって分からないらしい、と新聞には書いてあったぞ!」
一郎の声が震えていた。
正二郎は、やっと事件の実体が判った。
『あの女、なかなかやるなあ!』
感心しながらも、正二郎は不敵な笑いを浮かべていた。
『これで、親父も正太郎兄さんも終りだなあ』
またまた不敵な笑みを浮かべて、考えに耽る正二郎は、華麗な一族の危機状態にも、平然としていた。
その日の夕方、宇都宮一郎は、井川総理に辞表を提出した。
「何故あんな記事を出される羽目になったのかね?」
井川総理は辞表を受け取りながら、一郎に訊いた。
「まだ、よく判りませんが、総理に迷惑をお掛けするわけにはいきません。宜しければ罷免処置をして頂いても・・・」
一郎は神妙な口調で言った。
「そこまでしなくてもいいさ。他愛のない問題なんだから」
『こんなことで罷免されてたまるか!』
一郎は心の中で、井川に吐き捨てるように言っていた。
『次は俺の番であることには変わりはないんだ。その為に少し休養なんだ』
そう思うと、一郎はおかしくなって、自然に笑みがこぼれた。
「何がおかしいのかね?」
井川総理は怪訝な表情で一郎に訊ねた。
「いえ、別に」
政治の世界は魑魅魍魎が住む伏魔殿である。
一郎の笑みを、井川は決して見逃さなかった。
心の中を覗かせる、ちょっとした笑みが、人生を大きく変えることを一郎はその後思い知らされることになるのである。