第十四章  尾行

正二郎はホテルの前で、彼らが出て来るのを、じっと待っていると、7時過ぎにやっと出て来た。
『3時間もよくやるよ!』
内心むかつきながら呟いていても、ビデオカメラは最初からずっと回していた。
彼らがホテルに入ってから、ホテルの入り口をずっと撮っているだけなのだが、時間の経過がそれによって証明出来ることを、計算しているのだ。
『よし!これで奴らが、このホテルに午後3時20分から午後7時10分までしけ込んでいたことが証明出来る』
正二郎は面白くて仕方ない。
仕事のように義務感でやると、潜在能力の20%も発揮出来ないが、遊び心でやると100%発揮出来る。
人間の心身は、そういうメカニズムにできている。
どんどん素晴らしい発想が湧いてくる正二郎は、ふたりを尾行することにした。
『多分、渋谷駅で別れるはずだ。そうなったら、このやくざな男を尾行して、身元を確認するんだ』
勝手にどんどん次に打つ手が湧いて来る。
『あの女の身元はいつでも分かる』と思ったからだ。
男の後をついて行くと、銀座線の浅草で下りた。
地下鉄浅草駅から階段を上がった男は、浅草寺の方へ向かい、雷門の手前の路地に入って行った。
10メートル程しか離れずに尾行する正二郎だが、学生服姿なので、男はまったく疑う素ぶりも見せなかった。
正二郎は再び、ビデオカメラを回し始めた。
200メートルほど歩いて行くと、3階建ての煉瓦づくりのビルが見えて来て、その中に男は入って行った。
正面に村上組と書かれた金張りの看板が掛けられていた。
その看板をビデオカメラに撮った正二郎は、ニタッと笑って呟いた。
『よし、今日はここまでだ。明日は、あの女を尾行してやる』
地下鉄の浅草駅に戻ろうと路地から雷門に面している大通りに出かかった時、50メートル程先を、美香が歩いて来るのを見つけた正二郎は、角のおかき屋の店の中に入って身を潜めた。
同じ路地に入って行く美香の後を、50メートル程離れて正二郎はビデオカメラを回しながらついて行った。
そして同じビルの中に入って行く美香の姿をきっちりビデオカメラに撮った正二郎は、心の中で小躍りしていた。
『そうだ。そう言えばあの女、村上美香とか言っていた。これは思いもかけない展開になってきたぞ!』
わくわくして高揚する正二郎は、まるでゲームをしている気持ちでいて、怖いものは何もなかった。
麻布の自宅に戻ったら、午後10時を過ぎていたが、誰も正二郎のことなど気にかけていない。
一郎が大蔵大臣を辞任して、正太郎も退学処分は免れたが、1年停学通知を受けて、家族全員家にいるのだが、人の気配がまるでしない。
やっと栄子が、正二郎が帰ってきたことに気がついて、「まあ、遅かったのね。映画でも見に行ってたの?」と訊いた。
「ううん。素晴らしい映画を撮影していたんだ」
正二郎の言っていることが分からない栄子だったが、上の空で、「ああ、そうだったの」と応えるだけだった。
正二郎だけが、活きた感覚を持っている宇都宮家だった。