第十五章  官僚の人脈

正二郎は、大蔵省の前に立っていた。
手には、昨日のビデオカメラで撮ったフィルムを持っていた。
「あのう、首藤次官にお会いしたいのですが」
受付けの男に言うと、その男は怪訝そうな顔をして、「君は?」と訊いてきた。
「宇都宮元大蔵大臣の次男で宇都宮正二郎と申します」
名前を聞いた男は、直立不動になって、「失礼致しました。すぐにお繋ぎ致します」
と言って、電話を取って、手を震わせながら、ダイヤルを押した。
「はい。承知致しました」
受話器を置いた男は、カウンターから走るように出て来て、「わたしが、ご案内するようにとおっしゃりました。どうぞ、こちらへ」
エレベータを降りると、前に首藤次官の秘書が待っていた。
「ここからは、わたくしがご案内致します。ご苦労さまでした」
丁寧に男に礼をして、秘書が案内してくれる後を正二郎はついて行った。
うしろ姿を見て、『いい女だな!』と正二郎は思った。
秘書がノックして次官室に入って行った正二郎は、余りの広さに驚いた。
『さすがは大蔵次官の部屋だ。正太郎兄さんもここに来たんだなあ』
しかし正面を見据えた正二郎の姿を見て、首藤次官は丁重な対応をしてくれた。
「やあ、今度は弟さんが来られたのですね。わたしを頼って頂くなんて光栄です。大臣はお元気でいらっしゃいますか?必ず戻って来られると信じて、我々は待っています」
キャリアーにとっては、先輩後輩の関係は絶対だ。
ましてや、最高の血統を誇る宇都宮家は彼らの誇りでもあるから、失脚したぐらいで、手の平を返すような一般サラリーマンとは違う。
とことん義を尽くすのが、彼らの良い面である。
「正二郎さんは、まだ大学受験ではないでしょう?」
首藤は意味ありげに笑いながら言った。
『正太郎兄さんの件を言っているんだ』
正二郎は思ったが、「そうではありません。その節はお力を貸して頂くかもわかりませんが、よろしくお願いします。今日は、これをお持ちしました」
正二郎はビデオテープを首藤に差し出し、事の仔細を説明した。
見る見る内に首藤の顔色が変わっていった。
机の上の電話で秘書に電話して、「首藤ですが。ビデオデッキ付きのテレビを持って来てください」
その間、ふたりは黙って座っていた。
15分もしない内にテレビが次官室に持ち込まれた。
「暫く、誰も通さないように。総理からでも断ってくれ給え」
秘書に指示して、ふたりはデッキに挿入したテープを見入った。
録音された声も聞こえてくる。
「これを正二郎さんが、お撮りになったのですか?」
首藤の質問に、正二郎は頷いた。
「すごい知力と行動力ですね」
首藤は本当に感心していた。
「わたしにどうして欲しいのですか?」
「親父の汚名を回復してやって欲しい。ただそれだけです」
官僚は、本質は真面目一本だから、正二郎の言った台詞は彼らにとって殺し文句だ。
「わかりました。冤罪です。いやこれは誰か政治屋がうしろで糸を引いている謀略です。わたしに任せておいてください」
首藤の顔は紅潮していた。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げた正二郎を見ながら、首藤は言った。
「いや、弟さんは大した人物になりますよ。お兄さんはちょっとね」
笑いながら、正二郎の肩を抱くようにしてドアまで送ってくれた。
正二郎が出て行った後、首藤はすぐに電話をした。
「もしもし。森組ですが」
電話に出た相手に首藤は静かに言った。
「もしもし。大蔵省の首藤ですが。森さんをお願いします」