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再会 「早くしないと遅れますよ!」 母の末子が台所から二階の比呂志に優しい声を投げかけた。 比呂志が勤めるデパートは10時開店だが、新米の彼にとっての出社時間は午前8時であり、1時間半掛かる通勤時間を差し引くと、早朝の6時過ぎには自宅を出なければならない。 比呂志が大学を卒業して老舗デパートに就職した三年前の四月という季節は、例年より厳しい冬だった所為で、早春にはほど遠くまだ冬の余韻を色濃く残していた。 大都会の郊外には珍しい、深い山に囲まれ、川と谷の合間に拡がる住宅地に佇む家は、比呂志が七歳の時に建てられたものだが、その周囲はまるで平家の落人がひっそりと暮らしている剣山麓の祖谷の村落の面影を呈していた。 自宅を出て、森林の中を出る午前6時過ぎ頃でも、辺りは未だ真暗闇の夜で、大学生の頃に四国剣山を訪れた記憶がその度に甦るのだった。 大学受験で京都まで行って以来、未だ明けぬ朝の内に自宅を出る経験などなかった比呂志は、七年前と同じ重圧感を思い出していた。 『一軒家を持ちたいために、親父はこんな所に家を建て、毎日往復4時間掛かって通勤するなんて・・・』 高校は歩いて通える所に在ったため、真暗闇の夜の内に家を出る親父のうしろ姿を二階の自分の部屋から眺めては怪訝に思う比呂志だった。 『あれから十年も経たない内に、今度は自分が親父と同じことを繰り返しているとは・・・』 重圧感の正体だった。 『昼間の明るい内は家の中に潜み、暗くなると夜行性動物のように目を爛々とさせながら彷徨い歩いたという平家の落人そのものだ・・・』 はじめて剣山麓にある祖谷村を訪ねた時のことがまるで昨日のことのようであった。 『敦子という名前だったなあ!』 四年前の出来事なのに、昨日のようにはっきりと憶えている原因がその名前にあることは本人も重々承知している。 東祖谷村の村長のひとり娘で平敦子という。 社会学部日本史科に入学した比呂志は、四国の歴史に興味を持ち、四国という命名は日本列島四番目の島からの由来であるという定説の陰で、死の国とも呼ばれていることを知ったことが大きな動機だった。 今では、四国一の高峰は愛媛県にある石槌山となっているが、それまでは徳島の剣山が四国一の高さを誇り、役の行者の修験霊山として、四国のみならず全国から崇められていた。 石槌山が四国一の高峰だと言っても、その高さは数十メートルも違わない程度であり、長い間四国一の高峰と認められていたのもそれなりの理由があったに違いない。 壇ノ浦の戦いで、源義経に滅ぼされた平家一族は、瀬戸内海を渡って四国に逃げ込み、吉野川の河口から池田を通り剣山麓に辿り着いた。 平家の名目上の頭領であった安徳天皇は壇の浦で入水したと歴史では伝えられているが、安徳天皇の神刀が今なお東祖谷村に秘されていると言う。 平家の末裔である敦子の家は、代々東祖谷村の村長をしており、大学の卒論テーマに選んだ比呂志がはじめて東祖谷村を訪れた時、敦子も夏休みで徳島市内にある大学の寮から実家に戻っていた。 『平敦子だったなあ!』 比呂志は複雑な表情で呟いた。 舞浦駅にバスが着いた時には、辺りは微かに明かりが差し掛けていた。 いつものようにバスを下りて駅の改札口に向かいかけた時、力の無いか細い声が比呂志の背中を手探りするように撫でてきた。 「あのう・・すみませんが・・・」 通勤バスが舞裏駅に着く時間と、乗り換えの電車がプラットホームに入ってくる間の時間は5分しかなく、乗り損ねると次の電車がやって来るまで更に15分掛かる。 必死な思いで走り抜ける5分間は、まるで戦場にいる兵士のような緊張感で、やっとの思いで勤務先のデパートに辿り着くと、その反動で午前中いっぱいは呆然とした気分で仕事に従事する。 そういった無駄な毎日を過ごしている自分に嫌悪感を持ち始めた最近の比呂志であった。 普段の比呂志なら、背中から聞こえてきた人の声など雑音としか受け取らなかっただろうが、何故か今日は違っていた。 咄嗟にうしろを振り返ると、一人の若い女性が立っていた。 『平敦子だ!』 比呂志はその女性が誰なのかすぐにわかった。 『今日は有給休暇だ!』 心の中で叫ぶのだった。 |